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最高のクリスマスプレゼント(#才の祭り参加作品)

今日も彼の病院に行くことにした。私の恋人三浦健太君は、交通事故に遭い脳死状態になっている。酔っ払いの男が運転する車が彼をはねて、脳挫傷が起こったのだ。奇跡的に命は取り止めたが、意識はない。

口には出さないが、私も彼の家族も健太君の死を覚悟していた。お母さんだけはあきらめていなかった。肩を震わせて泣きながら、病室の健太君の横に座って、彼の手を握っている。痛々しい姿だった。でも、生命維持装置につながれ、目を閉じている彼は今にも起き上がりそうに見える。頬にかすかな赤みがさしているのは、生きている証拠だ。

病院の最寄りの駅で電車を降りて、歩き始めた。街はすっかり冬景色で、ジングルベルのメロディーが遠くから聞こえた。涙が滲み始める。なぜ私だけ、と思う。なぜ私だけ、なぜこんなつらい目に遭わなければならないの、と心の中で叫んだ。

私と健太君は婚約していて、来年の1月に結婚する予定だった。どんな時でも優しい健太君。腕力は強くないが、勇気はあった。二人で街を歩いているときに酔っ払いに絡まれたとき、自分の体を盾にして守ってくれた。顔を殴られても、私の前を離れようとはしなかった。

昔のことを考えているうちに、病院についた。エレベーターで健太君の病室がある三階に上がる。足は重かったが、病室へ向かった。奇跡が起きる。今日こそ起きる。あんな良い人が死ぬはずはない、そう言い聞かせながら病室へ入った。婚約者なので入る許可をもらっていた。

健太君は生命維持装置につながれて、眠っていた。モニターがたてる無機的な音が悲しかった。穏やかな寝顔だったので、救われた気持ちになる。私が好きな健太君の面長の顔をじっと眺めた。クリスチャンではないが、一生懸命に祈った。神様、どうか健太君を助けてください。どうかどうか助けてください。

クリスマスイブにも健太君の病室に行った。世間の浮かれた雰囲気に馴染むことはできなかった。病室の健太君の横の椅子こそが、私の今の居場所だと思う。イブの夜はお母さんもいた。

お母さんは私を見ると、「ありがとうね」と言ってくれた。その後の静かに泣き始めた。すすり泣くお母さんの声は私の胸をえぐる。しばらくしてお母さんは家に帰った。帰るときに「健太のそばに行ってやって。本当だったら一緒に過ごしたでしょう」と言った。

お母さんが部屋を出て行った後、私はクリスマスプレゼントを彼に贈ることにした。前日までずっと考えていた贈り物だ。寝たきりで動けない健太君でも意識は残っていると思う。この世とのつながりは途絶えていないはずだ。

私の贈り物は歌だ。クリスチャンの健太君が教えてくれた讃美歌の「慈しみ深き」。正直言ってキリスト教には興味を持てないが、その曲は好きだった。イエス様が友達という歌詞がいい。メロディーも親しみやすかった。

神様、どうか健太君のそばに寄り添って、彼を助けてくださいと思いながら、心を込めて歌った。歌いながら、頬を涙が伝わるの感じた。

その時ふと健太君の顔を見ると、光るものが見えた。はっと息を呑み、彼に近づく。健太君は涙を流していた。彼の涙が光っていたのだ。私は涙が次々に落ちていくのを感じた。歌をやめることは絶対にしなかった。

彼の涙は、これまで健太君がくれた最高のクリスマスプレゼントだった。健太君のことを絶対にあきらめない。彼は絶対意識を取り戻す。絶対に。意識を取り戻すまで何年待っても構わない。

ネットで調べたのだが、10年以上たってから目を覚ました人もいたそうだ。彼の体に障害が残っても、健太君を見捨てない。一緒に生きる。暗い心の中に一筋の光が射しこんできた夜だった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。最初は参加するつもりはなかったのですが、フォローしている方々の作品に刺激を受けて書いてみました。

以下に参加作品の中で、私がお勧めのものを紹介します。まず、チズさんの「古い日記」です。切ない大人のための恋愛小説で、深い余韻があります。チズさんは、良い作品をコツコツ投稿されており、私は更新をいつも楽しみにしています。いろいろことを経験されおり、それを書かれた記事から優しいお人柄を感じます。

次は、つるさんの『あなたへの贈り物』です。ほのぼのとした恋愛小説で、読みながら頬が緩みっぱなしでした。つるさんのお人柄が出ている気がします。同じころnoteを始めて、同じように短歌を作っているので、一番親しみを感じているクリエーターです。短歌だけではなく、俳句、音楽、絵などいろいろな作品を投稿されており、多彩な才能を感じます、つるさんの更新も毎日楽しみにしています。


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