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【小説】虹飴 (約1000字)

私の母は神経質な人だった。アレルギーで苦しんでいたので、自分だけではなく、私の食べるものにも気を使っていた。砂糖を使ったお菓子は一切食べさせてもらえなかった。無農薬の野菜を購入し、家で食べるものは無添加で無着色のものばかりだったような気がする。

祖母は母とは全く異なる性格で、おおらかな人だった。祖母のことを考えると、口を開けて大きな声で笑う姿が脳裏に浮かんでくる。共働きだったので、幼稚園から帰ってきたときは祖母の家に預けられていた。祖母は最初のうちは、母の願いを聞いて私の食べるものに気をつけていたようだ。おやつにお菓子は食べさせてくれなった。焼き芋かバナナのような果物を用意していた。

ある日幼稚園から帰ってくると、祖母はお茶を飲んでいた。そして、頬っぺたの一部が膨れていた。祖母からは甘い匂いが漂ってきた。祖母はニッキ飴を食べていたのだ。ニッキ飴は祖母の好物の一つだった。入れ歯の違和感があり、それを口の中に装着するのが大変なので、ときどき飴を舐めていたのだ。
「おばあちゃん、何を食べてるの?」
「に、にじ飴だよ」
祖母は口ごもりながら答えた。「ニッキ飴」と答えるつもりだったのだが、飴を口の中に入れていたので、うまくいかなかったのだろう。私は祖母の言葉を信じた。彼女が袂から出した袋には、赤や緑などの色鮮やかな飴が入っていた。それらの飴は、虹から作った虹飴のように見えた。

祖母はニッキ飴を食べさせてくれた。それまで甘いものを食べていなかったので、ちょっとしたカルチャーショックを受けた。世の中にこんな美味しいものがあるのかと思った。
「おいしいだろう?」祖母はにっこりと笑って言った。
「うん」大きく頷くと、祖母は私の頭を撫でてくれた。
「あんたのお母さんは甘いものを毛嫌いしている。甘いものは体に悪いよ。でも、一切食べないのはつらいよ」
祖母の言うとおりだと思った。こんな美味しいものを食べることができないのは、つまらない。

「ばあちゃん、ときどきこの飴を食べたいよ」私は祖母にねだった。それから祖母は、母に見つからないように自分のニッキ飴を食べさせてくれるようになった。

長い間私はニッキ飴は虹飴だと思っていた。その誤解が解けたのは、大人になってから、自分でニッキ飴を購入して食べた時だった。今でも虹を見ると、あのニッキ飴のことを思い出すことがある。

祖母はちょうど七十歳の時に亡くなった。棺桶の中に私はニッキ飴を入れた。それを入れるときに、初めてニッキ飴を食べた時のことを思い出した。祖母の嬉しそうな顔が蘇り、涙がこぼれた。


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