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大切な人を失うこと(1) 突然の別れ①

2023年5月3日、最愛の婚約者が息を引き取った。彼女が26歳と3ヶ月を迎えた日だった。

その日の早朝、私が目を覚ました時にすぐさま異変を感じた。部屋の中が異様に静かで、隣に寝ている彼女は息をしていない。彼女の目は半開きで、声をかけても何も応答はなく、心なしか体も冷たくなっている。私は急いで救急車を呼び、救急隊の到着を待った。
救急隊が到着するまでの間、心臓マッサージを施すことを促された。私は言われるがままに心臓マッサージを試みたが、肺や気道を通る鈍い空気の音が聞こえてきたり、気道から押し出された彼女の唾液が出てきたりするのみで、状況は変わらない。もしかしたら彼女は…最悪の状況が頭をよぎる。

救急隊が到着すると、隊員の一人の方が床に落ちている睡眠導入剤の空き殻を見つけて私に差し出した。
この時初めて状況を理解した。彼女は私と寝ている時に一人目を覚まして、睡眠薬のオーバードーズをしてしまったのだと。

救急車に乗せられた彼女に、救急隊の方々は懸命に救命措置を施してくれていた。しかし、ふと見えた彼女の指先が、青く変色していることに気がついた。少しずつ現実味を帯びてきた彼女の死が、漠然とした不安感として私の心になだれ込んできた。
それでも私は彼女の意識が戻ると信じていた。なぜならば、彼女から「ラッキーボーイだね」と言われたエピソードが何回かあり、今回もそのラッキーボーイぶりを発揮してくれると、心のどこかで思っていたからである。

結局、彼女は搬送先の病院で死亡が確認された。正確には、自宅で倒れた場合は、事件性の有無を確認したうえで、警察の方で死亡証明手続がなされるが、ここは割愛する。

彼女は、相変わらず息をしないまま病院のベッドで横たわっていた。次の日を楽しみにしながらおやすみの言葉を交わして一緒に寝たはずなのに、その言葉が永遠の別れを意味するとは想像もつかなかった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。私は彼女の隣で泣き崩れることしかできなかった。
幾ばくの時間を経て、警察の方が「そろそろ署の安置室に移送するので、ひとまずここでお別れです」と言った。

急な別れに、悲しみと戸惑いの感情でわけが分からなくなっていた。私は彼女に、言葉にならない言葉をかけたのちに、そっと唇にキスをした。昨日「おやすみ」の際に交わしたキスとは打って変わって、冷たく固い感触だった。

続く

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