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シトロエンの孤独は続く

シトロエンDSという車があります。

古いフランスの車で、1955年から1974年にかけて製造されました。

ハイドロニューマチックという、当時としてはかなり時代を先取った機構を取り入れていて、なんとブレーキがボタン式という、変わった車です。

中身だけでなく外見もかなり独特で、そのスタイリングは一度みたら忘れられないインパクトがあります。


宇宙人グレイの瞳のようなヘッドライトに、めちゃくちゃ長いボンネット。尻下がりのデザインで、後ろのトランクは低い。

とにかく低い。ありえないくらい低い。ボディ下部が地面にめり込んでいるのではないかというくらい低い。ていうか実際にめり込んでいる。……というのもこの車、先述のハイドロニューマチックにより、エンジンを切ると勝手に車高が下がるようにできているのです。

初めて見たのは高校生の頃でしたが、なんじゃこりゃと驚いたものです。

それも、中古車店でも修理工場でもなく、摂津市(北大阪のベッドタウン)の高架道路の下のトンネルにひっそりと置かれていましたから。

ナンバープレートが付いていなかったので、捨てられていたのかもしれません。誰がこんな貴重な車を、こんなところに……。当時、その近くのブックオフに週3ペースで通い詰めていたこともあって、週3ペースでDSに会いに行っていました。

大学受験が近づくにつれてブックオフ巡りなんぞしていられない状況になり、その後どうなったのかは不明。

完全に違法駐車だったので、どこかのタイミングでレッキングされていったのだろうか。今となってはわかりません。


なぜここにずっと置かれているのかよくわからない車というのは他にもあって、これは現在進行形で近所の駐車場に停まっているのですが、シトロエン2CVという車です。

2CVはドゥ・シュ・ヴォーと読み、2馬力を意味します。現代の感覚からすれば2馬力なんてしょぼいのですが、半世紀前に造られた車なので、当時としては凄かったのです。

時速60キロで走行できて、生卵を積んでも割れないという条件を見事クリアした名車。どっかの走り屋みたいに豆腐を割らずに峠でドリフトも可能……かもしれませんが、たぶんやらないほうがいいです。


変な車ですが、形状はとても有名だと思います。『ルパン三世 カリオストロの城』でクラリスが乗っていたアレなので。実物は世界屈指のロングセラー車ですが、日本で見かけることはなかなかありません。

なのに近所の月極駐車場に、少なくとも10年くらい前からずっと鎮座しています。駐車代は払っているのだろうか……。敷地内に勝手に捨てられていたのなら管理者が処分するはずですが、なぜか放置されたまま。

幌やボディが朽ち果て、タイヤはすべてパンク、草が車内に侵入しているというボロボロの状態。このままでは走れません。

でも、こちらにはナンバープレートが付いているんですよね。

田舎だと登録解除した車を物置として使っている人がたまにいたりしますが、車内はもぬけの殻だし、別にそういうわけでもなさそう。

ちなみにナンバーは名古屋72です。7から始まる分類番号(ナンバープレート上部、都道府県の横に書いてある数字のこと)が乗用車に割り振られたのが1984年末、分類番号が3桁になったのが1998年ですので、1985~1997年の間に登録された2CVと思われる。

どういう事情で置かれているのかは知りませんが、貴重な車だけに、あのまま吹きさらしにしておくのはもったいないなあ。


ミッシェル・ガン・エレファントの曲に『シトロエンの孤独』というものがあります。かっこいい曲ですが、歌詞は全体的に意味不明で、シトロエンのどの車種のことを歌っているのかもよくわかりませんが、85人の映画スターをアルファベット順に羅列しながら流れるライトに名前をつけていくのだそうです。

後半の嗄れぎみのシャウトが素敵ですが、「バイバイシカゴ」「バイバイニューヨーク」「バイバイトーキョー」「バイバイバンコク」……と、いろんな国々に別れを告げていきます。

あのシトロエンDSは、いつかバイバイ摂津市と別れを告げていったでしょう。あのシトロエン2CVは、いつかバイバイ名古屋と別れを告げていったでしょう。ドライバーが映画マニアだったのかどうかはわかりませんが。

業者に引き取ってもらえるまでシトロエンの孤独は続くわけですが、あの状態だと即廃車だろうからなあ。草に覆われて自然に還っていくほうが幸せなのかもしれない。

サウナはたのしい。