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KISSで厄払い

早朝、ねむけ眼で主人を送りだし朝食を食べる。子供達をおばチャリの前と後ろに一人づつ乗せて保育園へ連れていく…。 洗濯機を回し、TVのワイドショウを見ながら仕事の準備をする。こうして始まる私の朝。
家事と育児を繰り返す毎日だ。
子供中心の今の生活からは想像もつかないが、これでも若かりし頃は自由奔放なヘビメタ少女だった。
もちろん聴くだけにとどまらず、バンドを組んで毎日ロックしまくっていた。当時の私を知る友人は「あんたが子持ちの平凡主婦なんて信じられない。」と言う。確かに、自分でも信じられない。人生何がどうなるかなんて、本人にも分からないものだ。 

1997年1月22日、今年初の積雪。
昨日からの大寒波のせいらしく、大雪だ。そのため交通網はマヒ状態。しかし、よりによって今日とはあんまりだ…。さすが今年32歳の前厄女。いきなりの本領発揮である。というのも、今日1月22日は、苦節20年…!待ちに待った地獄の軍団「KISS」との遭遇!記念すべき日なのである。
この日のために実家の母と主人に子守や家事をたのみこみ準備してきたのに、行けなくなったら大変だ!
とても不安になり予定より早めに会場へ向かったが、やはり開演ギリギリの到着となった。 
場内はすでに満員御礼状態。来るまでは「例のメイク顔や、ド派手な人多いだろうな。」と、ちょっぴり期待していたが、実に老若男女さまざまで、中心は30~40代の一般人。なりきりキッスとかスーツ姿にメイクの人はほんの一握りだった。でも、考えてみれば当然の事だ。

私がキッスに『地獄』の襲撃を受けたのは小学生の頃。彼等の絶好調期で、ふた昔も前の話しだ。
あの当時小学生の好きな外タレと言えば、ベイシティーローラーズ(BCR)が主流だった。KISSは好きだけど、BCRのパット・マグリンの可愛さに時々浮気心がでたのを思い出す。

ともかく、私はKISSのキャッチーなメロディーと『怖いもの見たさ』で、オドロオドロしい彼等が大好きになったのだ。(これは余談だが、うちの3歳と5歳の娘達は、ゲゲゲの鬼太郎をはじめ、オカルト系が大好きである。これはやはり私からの遺伝か?!)
20年前といえばコンサートには小学生一人では行けない時代だった。泣く泣く初の来日公演はあきらめた。だからこそ今回キッスの来日を知った時、「行きたい。」より「行かなければならない。」そんな想いだった。彼等の魅力は何といっても、伝説のライヴにあるからだ。 

幸か不幸かキッスは解散しなかった。幾度かのメンバーチェンジを繰り返し、生き存えている。だったら前回来日したときに行けばよかったのに、どうして行かなかったのか?それは、大好きなエースが居なかったからだ。
あの頃のオリジナルメンバーに、あのメイクとあのド派手衣装。そして、あのお馴染みのナンバーと、あの豪華ステージ…。全てに「あの」がつかないキッスは、私にとって、何の魅力も持たないからだ。
確かにオリジナルメンバーはオッサンである。若者のパワーに負けることもあるだろう。ピチピチのレザーは中年太りの身体には厳しい。(現にピーターはかわいい猫ちゃんからタヌキに変身していたし…) テクニックもブルースやエリックの方が上だ。それでもあえて「あの頃」にこだわるのは、最近見られなくなったグラマラスな本物のロックンロールパーティーを楽しみたいからだ。いや、それ以上に忘れかけている”何か”を彼等が持っている。そんな気がしたからかもしれない。 

感慨にふけっている暇はなく場内の照明が落ちた。ワクワクする~。こんなの久しぶりだ。

『The hottest band in the world KISS!!』

ものすごい観衆の歓喜、絶叫とともに地獄からの使者が現われた。オープニングはもちろん DEUCE!
「キャー」と思わず悲鳴をあげ、一緒にメロディーをシャウトして、拳を振り上げていた。
私の席からは、ジーンが長い舌をベロベロさせているのがはっきり見えた。「うわ~ア 本物や!」 くぎ付けになった。
懐かしのナンバーが次々とプレイされていく。ソロも当時のまんまである。嬉しい!「Fire house」のサイレンが鳴った。「火吹くで~。」と思ったとたん、ファイヤ~! あまりのタイミングに、吉本新喜劇を彷彿させるものがあった。『そろそろやるで~、やるで~、ホラ出た!大阪名物パチパチパンチ。』と同じだ。キッスは、関西人のツボをつかんでいるかのようだ。だから大阪だけ2daysなのか?! 

しかし、思わぬハプニング。腕が重い。パーティーは始まったばかりだというのに…。こんなところで歳を感じてしまった。マズイ。それに今、私の隣の席には、いかにも業界風で、丸ぶちメガネを掛けたヒゲずらの男が入ってきた。白いお洒落なコートを脱ぐと、ムスク臭い。この男の出現により私はヤンキーの目になってしまった。というのも、私のテリトリーを侵害し、タケオキクチ風カバンを置いているのである。狭い場所では満足にジャンプも出来ない。おまけにこの男、さっきから腕組をしたまんまだ。「ムカツク」私はカバンに蹴りを入れ、男の顔を睨みつけ心の中で叫んだ「fuck you!」と。(言うまでもないが、その後この男はカバンを移動させ、手拍子を始めた。)
しかし残念ながら私だけでなく、みんなのパワーも全体的に若くない気がした。最前列では、見とれて陶酔しているのか、疲れているのか、柵にぶら下がり状態。もしも私が最前列だったら、服でも脱いで彼等を挑発しただろう。(ただし産後の巨乳の頃なら、だが)そんなこともやってしまえそうなくらいに、気持ちは絶好調なのに身体が…。「えぇ~い、今日しかないんだ。どうなってもイイ!」 

エースのギターが煙をあげ飛んで行き、爆破。ポールは例のブーツで、ティナターナーみたいなステップを踏んでジャンプする。とても47歳とは思えないキュートなお尻をフリフリして、お色気満点。昔なら「キャー!ポール抱いて~。」だ。また、ピーターの長いドラムソロとハスキーヴォイスも健在だ。ジーンは血を吐いて飛んでいってしまった。爆音とともに火花が散り、大歓声。最後は場内一つになって♪ロックンロールオールナイト♪の大合唱。ギターブッ壊しに大爆音が炸裂!20年間の想いは、アッという間に完全燃焼した。 

確かに、当時と違ってカウントがスローだったり、間違ってやり直したり、リズムのズレはあった。しかし、そんなこったどうでもいい!彼等自身のKISSに対する情熱や誇り、そしてみんなを「イカせてやるゼ!」という気持ちがひしひしと感じられる最高のエンターテイメントだったのだから。
その証拠に、みんなの顔はイキイキしていた。もちろん私も、このうえない幸福感に心の中はキッスで一杯だった。
彼等のおかげで、私はこの日「妻、母」の仮面を剥いで、一人のキッスアーミーに戻れた。ただ好きなロックを心ゆくまで聴きまくっていたあの頃の自分に…。そう、これが彼等の持つ『何か』だったのだ。 

帰り道、雪の降り積もる中「あ~キッスのファンでよかった」と思う充実感と「もう会えないかも…。」という寂しさが溢れた。しかし、キッスは私に大切なメッセージを残してくれていた。
 
「やりたい事は、やりたい時にやれ!ベストをつくせば必ず努力は報われる。年齢や立場なんか関係ない。みんなでバカ騒ぎして、楽しもうゼ。人生という最高のパーティーはまだまだ続くのだから!」

こうして私の地獄版厄払いが終わった。  


※これは22年前に書いたものですが、自分の思い出のためにnoteにアップしました。

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