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『内省と対話』によって思考の質は高まるか?

『内省と対話』により、人は成長する。先日参加したイベント「朝渋 人生デザイン学」での伊藤羊一さんの言葉です。

『内省と対話』―――。体験談も交えた伊藤さんの言葉は私の心に響きました。でもこれ、実際にやってみるとすごく地味なんです。魔法の杖でも銀の弾丸でも何でもない。それでも意識してやると少しずつですが思考やアイデアは進展していきます。

思考の質を高める方法(の一つ)は、意識して「内省と対話」を行うことだと思います。ここでは、このイベントの中で『内省と対話』によって、実際に私の思考がどのように進展したかを紹介します。

頭に残ったのは習慣化

今回のイベントタイトルは「何でもいいから今いる場所で、突き抜けろ」。伊藤さんの著書「やりたいことなんて、なくていい」がテーマでした。私なりに内容をまとめたものが以下となります。

■内省と対話により人は成長する。
 内省は、自分の頭でもやもや考えること。
 対話は、言語化してアウトプットすること。
 内省と対話を習慣化することが大事。
■やりたいことはあった方がいい。
 でもやりたいことがない人の方が多い。
 それでもいい。
 やらなければならないことを習慣化させよう。
■MUSTからでもはじめると、CANがたまる。
 CANがたまると少しずつ楽しくなってくる。
 楽しくなるとWILLがうまれてくる。
■志は最初からあるか?
 今を生きているうちに見えてくる。
 一生懸命今を生きよう!

ここで私の頭に引っかかったのは習慣化でした。

「内省と対話」の実録

習慣化について、私の頭の中で考えたこと(=内省)と他人と会話したこと(=対話)に分けて紹介します。

【内省】

「(習慣化の事例を聴きながら)伊藤さんの言う習慣化って意外と何でもあてはまるのか。でも自分は三日坊主だし、習慣化のハードルがものすごく高そう。待てよ、自分の三日坊主も習慣化してると言えるのか!?」

【対話】
伊藤さんのトークの後で隣の人と感想を言い合う時間がありました。私のお隣は、おっさんのつまらない話も真摯に聴いてくれる、しっかりした学生さんでした。

私 「自分は三日坊主が習慣化してると言うことに気づきました。」
学生さん 「そうなんですね。・・・。なるほど。・・・。」

【内省】

「あれ、どうコメントしていいか分からないみたいな反応だぞ!?確かにそんなこと言われてもだから何って感じか。そう言えば三日坊主が習慣化してるって自分にとってどういう意味があるんだろう?まあとりあえず自覚するだけでも違ってくるのかな。」

【対話】
イベント終了後、知人との会話。

私 「自分は三日坊主が習慣化してることに気づきました。まあまずはこういうのを自覚しておくことが大事かなって思いました。」
知人 「始めることができたのであれば、一度辞めて時間が経っても、また始めることができると思いますよ。」
私 「なるほど。そういう考え方もありますね。それいいかもしれないです。」

【内省】

「そうか。三日坊主でいつも自己嫌悪になってるけど、習慣化してるからいつものことだと思って軽く考えてみればいいのか。そしてまた始めよう。これを繰り返せば断続的でも続いていって、辞めてもまた始めるを習慣化できるんではないか。」

このように『内省と対話』から自分なりの考えがまとまりました。

地味ですよね。思考やアイデアの飛躍もありません。でも『内省と対話』を通して、今回は思考が二回進展しました。そしてイベント前には自分では想像もしていなかった「辞めてもまた始めるを習慣化してみよう」という考えに至ることができました。

そうは言っても習慣化は行動次第

当たり前ですが、ここからの行動が大事です。行動しないと習慣化しないからです。

私がこの思考を習慣化できるかはこれからの行動次第です。ただこの体験をnoteに書いたのも三日坊主になりそうだったnoteを「また始める」きっかけにしようと思ったからです。

とりあえず少しだけ行動につなげることができました。

意識することが大事

考えて、人にぶつけて、また考える。これってわりとみんな普段からやっていることだと思います。

でも意識してやっているでしょうか?
内省もしくは対話だけに偏っていないでしょうか?

今回、私は少しだけ意識して『内省と対話』を行いました。そうすると少なくとも私の中では、思考の質が上がりました。

意識することが大事だと今回の体験を通して感じました。ただし劇的に何かが変わるというよりも、わずかな変化の繰り返しです。

『内省と対話』はウサギとカメのカメみたいなものなのだと思います。一日一歩しか進めなくとも一年経てば365歩進めます。伊藤さんの言葉「『内省と対話』を習慣化することが大事」とは全くその通りだと改めて感じます。