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怪談百物語#2 捨てないで

実家を目の前にして、ふと昔のことを思い出す。
僕が小学三年生のとき友人から腕時計をもらった。
大人が着けているそれは、子どもにとって手の届かないもの。
その日帰ってすぐ両親に自慢したのを覚えている。
母さんは喜んでくれたけど、父さんはちょっと悔しがってたな。
初めての腕時計は俺がプレゼントするつもりだったのに、って。


もらった腕時計は少し年季が入っていた。
ところどころ傷付いていたが、大事に使われたであろうことがわかる。
早速使おうと竜頭を回して時間を合わせる。
しかしいくら調節しても合わない。

 「お父さん、これ時間あわないみたい。」

どれかしてみろ、とお父さん。
小一時間触った結果

 「こりゃ古いからか、全然合わん。説明書が無いとわからんな。」って、返された。

役に立たないなあ。
そう思っていると口に出してたみたいで、お父さんシュンってしちゃった。
お母さんに怒られた。
でもお母さんだってたまに、お父さんのこと気の利かない人って言ってるのに。
似たようなものじゃないの?
そう思っているとまた口に出してたみたいで、もっと怒られた。


翌日、時計をくれた子にどうすれば時間が合うのか聞いてみた。
でもその子も知らないみたい。
お父さんからもらったんだって。
聞いてみてっていったんだけど、悲しそうな顔してごめんねって。
何だか落ち込んでるみたいで、大丈夫?って聞いてみる。

 「うん、大丈夫だよ!今日は何して遊ぼ?」

聞かない方が良いのかな。
なんとなくそう思った僕は、気にしないふりをして遊んで、家に帰った。


 「これ、壊れてるんじゃないのか?」

ずっと腕時計を触る僕に向かって、面倒そうに父が言う。
あの子はそんな意地悪する子じゃないよ。
僕は怒った。

 「どうすれば直るのか、ご家族の方に聞いてみるわね。」

お母さんは優しい。
今度あの子のお母さんに聞いてくれるみたい。
これで大丈夫、僕は安心して眠りについた。


翌日、夜中。
トイレに行こうとベッドを出ると、リビングに電気がついてた。
お父さんとお母さんが起きてるみたい。
ちょっとだけ話し声が聞こえる。

 「腕時計について聞いてみたんだけどね。」

もう聞いてくれたんだ!
話を聞きたくて、ドアに近づく。

 「先週、あそこのお父さんが亡くなったみたいなの。
  腕時計はその遺品みたい。お父さんがいつも着けてたものらしいわ。」

 「そりゃ大事なものだったんじゃないか。どうしてうちの子に?」

 「さあ、向こうのお母さんは気にしてないみたいだっただけど・・・。」

僕もそう思う。
お父さんの思い出がこもった腕時計、なんで僕に。

 「まあ、あんまり縁起の良いもんじゃないな。その子には悪いが、処分するか。」

酷い。友達には大切なものなのに、それを処分だなんて!
つい飛び出して、怒ってしまった。
逆に盗み聞きしちゃ駄目って怒られた。
喧嘩したままその日は寝ちゃった。
でも、どうして僕にくれたんだろう。
明日あの子に聞いてみよう。


翌朝、ご飯を食べたら急いで学校に向かう。
あの子に話を聞きたくて。
お父さんが大事にしてた時計。
その子にとっては宝物なのに、どうして僕にくれたのか。

翌朝、ご飯を食べたら急いで学校に向かう。
あの子に話を聞きたくて。
お父さんが大事にしてた時計。
その子にとっては宝物なのに、どうして僕にくれたのか。
 「おはよう。あの時計の話なんだけど――」
理由を尋ねると、その子は俯きながら話してくれた。

 「あのね。うち、お父さんとお母さんは仲が悪くてさ。」
介護が必要になったお父さんのことを、お母さんは邪魔だと思ってたみたいでさ。
お父さんが亡くなってから、家にあるお父さんのものは全部捨てようとしたんだ。
お父さんが大事にしてた腕時計も。

 「どうしてもおいときたくて、君に渡したんだ。」
捨てられたくなかったんだ、ごめんねって苦しそうにその子は言った。
理由を言ってくれればよかったのに。

 「そっか。大丈夫だよ。これ大事にするからね。」
任せてよ!胸を張って僕は言う。

 「ありがとう。それとね、もう一つ言ってないことがあるんだ。」
顔を上げたその子の顔は、まだどこか苦しそう。


 「その時計、針が止まる場所があるんだ。」
何度調整してもそこで針が狂ってしまう。

 「10時44分。その時間ね――」

また俯いて、その子は言った。

「その時間、お父さんが死んだんだ。」



「掃除はしてあるから、そのまま寝られるわよ。」

母は、昔と変わらず優しいまま。

 「明日は暇か?どうだ、竿とリール買ってやるぞ。」

父は最近釣りにはまっているそうだ。
家にいない方が楽で良いわ、とは母の弁。
自分の部屋に入る。
あの頃のまま、何も変わらない。
確かここに入れたはず。
微かな記憶に従い引き出しを開ける。

――カチ、カチ

そこには時間を刻み続ける腕時計があった。
かなり古い型で色んな思い出が詰まったそれは――

――カチ、

今もずっと、死人の時間を刻んでいる。

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