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怪談百物語#3 大岡裁き

「こら、おもちゃの取り合いは止めなさい。」
「だってお兄ちゃんが僕のおもちゃ取った。」
「ちがうもん、僕のだもん。」

千切れそうなぬいぐるみを二人でさらに引き延ばす。
ミチミチと言う音が聞こえてきそうなほど、ぬいぐるみは限界を迎えつつある。

「可哀そうでしょ。はなしてあげなさい。」
「いやだ、取られちゃうもん。」

二人とも話そうとしない中、母が
「あのね、こういうお話があるの。」
そう言って僕たちにお話を聞かせてくれた。

「大岡裁きっていうお話があるの。一人の子どもに二人の母親がでてきて、どちらもこの子は自分の子だと言い張るの。」
「そんなのおかしいよ。お母さんはひとりだもん。」
「そう、どちかは偽物。でも誰もどっちが本物の母親かわからなかったの。
周りに知り合いが誰一人いなかったみたいね。」

母の話にふたりとも静かに聞き入っている。

「大岡越前さんっていう偉い人がどっちが本物か確かめる方法があるって教えてくれたの。」

――その子の腕を一本ずつ持ち、それを引っ張り合いなさい。勝った方を母親と認めよう。

「引っ張られた子どもは痛い痛いと泣き始めました。
 すると片方の女性が腕を離してしまいました。」
「じゃあその話した方が偽物だね。」
「違うの。大岡越前さんは離した女性の方が母親だって。
自分の子どもが泣いていて可哀そうだって思う母親の愛情を感じたのね。」

情に厚い方が親になった方が良い、本当の親かどうかはさほど関係がない。そういうお話だと思う。

それを聞いた子ども達はぬいぐるみの手を放して、可愛がるようになりました。

それからしばらくして、僕たちの両親は離婚することになった。
弟と僕はどちらについていくか決めなければならなくなった。
弟は父についていくことにしたらしい。
僕はもうすぐ高校生になる。卒業すればすぐに働いて独り立ちすることもできる。
できるかぎり迷惑をかけたくない。
そして少しでも家計の力になりたい。
そう思って僕は母についていくことにした。

どっちについていくか僕達は両親に話した。
その日の夜、父は無理心中をはかった。
家族は僕を残してみんな死んでしまった。
葬式の喪主を務めた後、ぼくは隣の県に住む親戚に引き取られた。

新しい学校に少し慣れ始めた。
友人もでき放課後遊ぶことも増えた。

「ただいまー。」
「おかえり、ごはんできてるよ。」

親戚は僕を温かく迎えいれてくれた。
家族を失った傷は大きいが、少しずつ癒えていく実感があった。

四十九日法要を終え、親戚の家に帰る。
これでみんな安らかに眠れたのかな。
家族のことを思い出すと胸の奥が温かくなる。
最後は辛かったけれど、良い思い出も多くある。
その思いを胸に、眠りについた。

その夜嫌な夢を見た。
家族が僕の手足を引っ張り合う、そんな夢だ。
必死の形相。
胸に抱いて眠りについた、家族の顔とは似ても似つかない。
互いににらみ合い、憎悪が浮かんでいた。

朝になり僕は目を覚ました。
手足が痛む。
布団を少し上げて覗き見る。
嘘だろ。あれは夢のはず。
しかし手足にはくっきり痣が残っていた。

それから毎晩、同じ夢を見る。
手足を引っ張られるあの夢だ。


人数が、どんどん増えていく。
家族だけじゃない。
皆必死に引っ張り合い、誰も離さない。
誰も僕の家族じゃない。

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