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朝日出版社の騒動に見る後継問題
出版社の多くは株式会社で非上場企業だ。多くは創業者が株主であり、経営者としてやっている。
なので、そのオーナー経営者が好き勝手出来てしまう。すべての意思決定の権限を持っているので。それは利点であり、問題でもあるのだが、ある程度順調なこういった会社において一番厄介な問題は後継問題だろう。
朝日出版社は従業員数52名の中堅の出版社で、もともと創業者であるオーナー経営者が100%株主で、オーナー兼経営者として会社にまつわる意思決定を行っていた、本当に世の中によくあるパターンの会社となっている。
詳しくは上記記事をご参照いただきたいが、そのオーナー経営者が逝去し、株式は法律通り親族に相続され、だが、その親族が会社とはほぼほぼ関係が無く、おそらく元のオーナーとは疎遠にもなっていたというのが悲劇の始まりだろう。
本来であればオーナーが元気であるうちに、会社の継承をどうするかを定めておくべきだった案件だ。
私も経営管理・経営企画の一員としてそういった創業オーナー経営者の会社のM&Aに関わったことが何度かある。どれもオーナーが高齢になり、会社の行く末をどうするかといった問題の解決策として大きな企業に買ってもらう。という選択肢を選んだ結果で、本当によくある話ではある。
M&Aが選択肢となる理由
最大のポイントは相続税だ。
創業オーナーが起業して100%に近い株式を持っていて、会社がある程度大きくなった場合、その株式価値はそれなりの金額になる。
上場していない会社の価値のつけ方はいろいろとあるが、最も単純なものは純資産価格と呼ばれるもので、その会社の会計上の純資産額を企業価値としたものだ。
その時点で会社が解散した場合に残る額を端的に表したものなので、一定の合理性がある。そして、相続税がかかる資産の価値というのはその時の時価で評価されるので、会社がある程度大きくなっている場合は、簡単に億単位の評価額になる。
その株式を相続すると、その価格に応じた相続税がかかり、それは現金で納付しなければならない。数千万円の納付ができる人ならばいいが、一般人として生きてきた人の場合はなかなか困難な話になる。
そうしたら、土地などの相続人などと同じで、売却して納付するという方向で動くしかない。そして相続税の申告は10か月以内なので、実は時間があるようであまりない。
なので、相続人は急ぎ買い手を探す必要があるが、ここでいくつかのパターンの分かれる。
その業界の大手にもっていく
フィナンシャルアドバイザーをつけてその人に探してもらう
会社そのものの役員等に売る
どれもそれぞれにメリット・デメリットがあるが、1はそもそも、いち個人がなかなか話をしに行けないという面もあるので、たいてい2か3になる。で、2だった場合、アドバイザーがどう持っていくかで結構話は変わってくる。
今回のケースだとマクサス・コーポレートアドバイザリー株式会社がアドバイザーとのことだが、正直下手を打ったという印象だ。
本記事は、今回のニュースを掘り下げる目的ではないのでこれ以上は書かないが、M&Aがもめると誰にとっても面倒な事態になる(実際になっている)ので、もめる案件を作ってしまった会社は避ける人が多い。マクサスにとってみれば悪い印象を作ってしまっていることだろう。
先に挙げた3つの選択肢の内、最も平和なのは3で、実際にその会社で業務を回している役員や社員にお金を出し合ってもらって、何とか会社評価額に近い数字までもっていき、MBOを行うのが相続人にとっても、残された社員にとっても平和な道だ。
全額まとめてではなく、とりあえず、相続人が税金を支払える額の分だけ工面して、一部だけ買い取るということに相続人も合意できれば、ひとまずの危機は避けられる。
ただ、中小企業で働いて給料だけもらっていた人がお金を工面するのはなかなか大変で、そんなの無理というケースも多いし、未上場株は気楽に売れないので、自分と関係ない会社の未上場株はすぐ売って現金化してしまいたいと思うのは自然なことだと思う。
なので次は同業種の大手資本の会社にもっていく。
大手資本があるにもかかわらず、中小が残っているという状態は、つまり、その中小企業は隙間産業的に大手資本のパイ以外の顧客を持っているか、独自の特許等の強みがあるか、今回の出版物のように、厳密な代替品の無い市場であるかだ。
買い手はそのどれかを手にして市場占有率を高められるし、売り手側も、資本が大きければ金払いは良いので、高く一括で買ってくれる。
ただ、大手がM&Aで会社を買うとなると、それなりにデューディリも必要だし、意思決定に取締役会決議が必要だったりと、中々即断即決では進まない。
買われた後も、上場企業の子会社ということになると、コンプライアンスやルールの整備徹底等、未上場のオーナー企業で規模が小さいから、あいまいなままで来ていたようなことが通じなくなり、会社も変革に迫られることになるし、当たり前だが経営者や従業員に対し、利益を上げるようにかかる圧力は強くなる。
オーナー経営者が考えるべき2つの継承
つまり、会社の継承を考える際、オーナー経営者は2つの継承を考える必要があるということだ。
1つは、会社経営者の継承で、そのビジネスについてある程度以上分けっていて、会社をマネジメントできる人を育てていく必要がある。
経営者も、現場主義の人は管理を軽視しがちになり、管理系の人は現場の理解が足りず、総スカンを喰らったりするので、現場主義の人を新しい社長にするなら、常務に管理畑の人を置いたり、その逆だったりとバランスを取らないとあっという間に崩壊する。
そしてもう1つが、これまで書いてきた通り、オーナーの継承をどうするかだ。
相続しても十分税金が払えるように、現金も合わせて遺産として残すとか、従業員持株会などを組成して早めに従業員の持ち分を増やすとか、自分がある程度元気で社員を説得したり、相談したりできるうちに、大手の買い手を探しておくとか。
特に、家族を事業にタッチさせないようにしてきたオーナー経営者は、早めに動いておかないと、家族と従業員が法廷闘争を繰り広げる結果になる可能性は十分にある。
追記2024/10/25
朝日出版社の騒動はもはや裁判が解決するしかないが、朝日出版社の元経営側の声しか見えていないので、どちらが騒動に発展させているのかは全くわからない。相続人側の事情も分からないし、外から眺めているだけの他人には判断できるものでは無いだろう。
元経営者側も動きとしてはちょっとわからない動きをしている。出版社だとたまにある話だが、有能な編集などが、社内の仲間を集めて、作家をそのまま引き抜いて独立するといったパターンがある。
今回、経営者が変わり、経営に全くタッチしていないということであれば、雇用契約にもよるがそれが出来てしまうのでは? なぜそうしない? と思うのが1点。
もう1点は、元経営者が解雇されたのであれば、今その人たちは雇用されてもいない、他に何もなければ無職ということだと思うが、その人たちは法的には言うなれば部外者であって、何の権限も持っていないはずで、会社の財産を勝手に動かすのは横領に近い何かになってしまうように思う。
株主総会を経て書面であっても決議していれば、取締役の解任は普通にできてしまうことであるので、元経営者側が犯罪者になってしまう可能性が高いんじゃないの? と思う。
こんなこと弁護士は100も承知だろうから、今の動きはとても不可解だ。
なんにせよ、こうなってしまった時に従業員が取れる手はもういくらもない。残るか、去るかだ。
従業員の雇用契約は法人と結ばれていて、大抵の場合そこには、会社のオーナーが変わったら何かを変えるような記載は入らない。したがってオーナーが変わったとて雇用関係は継続されるし、基本的に待遇も変わらない。
その後、就業規則の変更などが行われていくと、環境は変わってくることになるが、そうなるまではまだ時間がかかるだろう。大抵は買収が終わった後だ。
新しオーナーのやり方が気に食わない、合わないと思うのであれば、自己都合退職をする。そうでなければ淡々と働き続ける。究極的にはその2択で、その過程の中に労働組合を通じた団体交渉がある程度だ。
先にも述べたが、自信がある人は仲間を集めて開業してしまうのがもっとも簡単な近道で、前例はいくらでもある。