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空っぽな私が見えたもの

いつからこんなに嘘の人間になってしまったのでしょうか。
嘘に染まり嘘でしかない私。もはや生きていることさえ嘘のように感じる。
自分に自信がない理由の一つとして本当の自分が私自身にもわからないというところもあるように思います。自身がないといったところでしょうか。

まあ嘘なんだけどねとか自分という人間を演じているという意識が私の中だけにあるというだけなので関わっている人たちからすると別に嘘だろうがどっちでもいい話ではありますよね。お前が嘘ついていようが関係ない。モヤモヤしているのは私だけなんですよね。

本当の私は違うのに!!とかへっ!嘘の私を信じるなんてと思う私がいたとしても周りはわからない。それを上手く突き通すことが出来ているというところは凄いかもしれませんがそれで一番辛くなるのは私。だから他人も信じられない。自分が嘘ついているから他人もそうだろうと思って人間不信になっている。バカだな。

他人に対しても自分に対しても嘘をつき続けた私。こんなに嘘で固められた人間なんているのか?まあいないですよね。そりゃそうだ。私がおかしいだけなんですよね。いつからなのか何が原因なのかそれすらもわからない。なんだか空っぽな人間のように感じます。

先日出逢った本に「あなたの失いたくないものbest10をノートに書く」とあったので何となくノートに書き出してみました。
優柔不断な私はbest10を決めろと言われてもなかなかできません。順位を決められないし何なら10個に絞ることも難しい。
そんな私が失いたくないものを書いてみたら4つしか書けませんでした。

家族・友だち・美味しい食べ物・好きな音楽これだけ。確かに大きなくくりだけれどこれしかないのかと正直自分に対して失望しました。まじで空っぽ人間。

時々全て捨てたくなることがあるんです。あ~私がいないとき私の家が原因ではなくて火事になってもそんなにショック受けないだろうな~と考えたこともあります。記憶すらなくなってもむしろ良いような気がしていました。

今の世の中が便利っていうところもあるでしょう。家族や友だちとの写真は私のデータが失ったとしてもまた送ってもらえばいいと思える。以前は消えてほしくない!保存しておかないと!という気持ちが強かったのですが、そういうのもあってかデータ類に執着することもなくなりました。それともただ興味がなくなっただけなのか…。

人間関係の断捨離を始めてからというもの、どんどん失っても大丈夫な物が私の周りには溢れているなと感じいたこの頃の私。自分に嘘までついて持ち続けていた数々に対して執着していたことが多すぎました。

無駄とは思いたくはないです。沢山の方と関わったこと、沢山のことを経験したことに対しては全て私の学びなので無駄なこととは思いません。でも執着が凄い。

空っぽだからこそ執着するしかなかったようにも感じます。

こうしないと価値がない、友だちがいないとダメ、人に良く見られたいという欲、マウント、バカにされたくない。好き嫌い等そこに私の意見はなく、全て他人に意見を求めているようで、空っぽの私をどうみられるかという執着を生んだように感じます。

そう。だから執着を手放し始めた最近の私はマジで空っぽ。あ~何にもなかったんだなと。

特に執着が酷かった大学時代から社会人2年目くらいまでの友だちや思い出はカラカラ。中学時代もそうかも。いや、人生半分くらい空っぽ人間だ。

高校時代は部活と大学で学びたい事への熱は執着ではなかったのでいい思い出になっているように感じます。もちろん中学時代も大学時代も友だちはいたし楽しく過ごしていましたよ。でもあの当時は嫌われないようにとか一人にならないように、バカにされないように、凄いって思われるようになどなど。ただひたすら他人からの評価だけにこだわって生きてきました。だからせっかく取得した資格に対しても自信がない。一番に頑張ったことじゃないように感じているので。

これが勉強で、仕事で、部活で凄いと思われたいからだったらよかったのかもしれません。でも私は勉強でも仕事でも部活でも1番になれないことが分かっていたし自分では無理だと思っていたのでそれ以外のことで何か凄いと思わせることをやるしかなかった。

例えばバイト掛け持ちして忙しいアピール、とにかく誘われたら遊びに行くフッ軽アピール、強いオタクアピールですね。正直今空っぽの私からするとダサすぎる。そんなことよりももっと頑張るべきこと、アピールできるものがあったはず。なのに私は出来ませんでした。

沢山のことを経験した私はいつしか一人になりたくない、変わり者だと思われたくないという思いから生まれた嘘の自分。強くあらねばの思いで嘘という盾で戦っていたのです。

ここまで書いてずっと嘘をついてきた自分に対して謝りたいです。関わった全ての人やことに対しても謝りたいです。

ごめんなさい。

本当はもっと素直に生きたかった。純粋に生きたかった。感受性豊かな私はもっと色んなものを経験したかったしやってみたいことをやりたかった。沢山感動して泣きたかったし、憧れの青春ドラマみたいに過ごしたかった。ずっと大好きなキラキラを見て感じていたかった。

もう素直になります。今すぐすべてをって難しいと思いますが少しずつ素直に感じてみようかなと思います。私が心地いいと感じるものだけを信じて。そのためには我慢せず、私に対して嘘つかず生きていきます。

こんなこといい歳して何を言っているんだと呆れてしまいます。
でもそれが私でこれが私。
嘘だらけの私からさようならです。

ぷあ

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