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【12章 まとめ読み】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】

【まとめ読み  12章まとめ】
約 13000文字


【12章 ゼンのご褒美】

SIDE(視点):ノボー・タカバタケ
西暦3231年 3月 地球

 西暦3230年12月25日。僕は『3230年内に地球へ帰る』という、シーとの約束を無事に果たすことができた。
 地球への帰還後、僕はシーと一緒に地球上での生活の基盤づくりをした。基盤づくりは、移民前、僕が誰にも告げず、誰にもばれないように、ずっと密かに準備していたことだ。
 生活の基盤を整えた後、僕たちは大気圏内用シップに乗り、世界中の文化遺産を回った。地球にはいろんな遺産があった。これはまだ人の歴史のないエリンセでは、お目にかかれないものだ。
 当時の姿を残しているもの、修繕しつくされたもの、打ち捨てられたもの。様々な遺産があったが、その全てに人の歴史が刻まれていた。
 遺産を見ることは、人類のこれまでの歩みを見ることだった。そこには人々の営みと、命の痕跡があった。
 遺産巡りの最後に、僕たちは『赤い泪』の最後の地を訪れることにした。シーは「『赤い泪』の遺跡は、物理的に外界と隔離されている」と言った。彼らの根城は地下に存在していたようだった。太陽に焼かれることを望んだ人々は、地表の裏側に宗教的巨大帝国を作り上げていた。

 シーは、そのエリアに入るには事前準備が必要だと言った。僕たちは必要なものをすべて揃えてから、そのエリアに向かった。
 生物活動不可とされるエリアの手前でシップを止め、積んできた探査用の自動運転装置をシップから降ろした。そして、2人で特別防護服を着て、地下帝国の入り口を目指した。
 しばらく走ると、自動運転装置から警戒音が鳴り始めた。それは生命活動可能領域の外に出たことを示していた。僕たちはその警戒音を無視し、草も生えていない赤い大地の上を進んだ。
 自動運転は、プログラムの座標まで進むと、自動的に止まった。扉を開く前に、僕は特殊防護服のチェックをした。問題はなさそうだったが、念のためシーにチェックしてもらった。
 赤い土の大地を、太陽がじりじりと焼いていた。地平線の先まで何の生物のいないその地表には、死んだ兵器の類(たぐい)が今でも打ち捨てられていた。
 地下への入り口には、誰かが出入りした跡があった。政府諜報員の事後調査だとシーは言った。シーに中を見るか聞いてみたが、シーは首を横に振った。
 外側から滅ぼされた文明。内側から滅亡した文明。いくつもの遺跡を見てきたが、それはどれもずっと昔のものだった。自分の時代に滅んだ遺跡を見ることは、僕にも出来そうもなかった。
 僕たちは無言で大気圏内用シップまで戻り、放射性物質に汚染されたであろう物をすべてそこに置いて、生物の存在しないそのエリアから離れた。

 僕は、やっと理解した。
 政府が移民後の渡航を完全に遮断したのは、この事実が明るみになるのを防ぐ為だった。もし、その隠された事実と、実行者を人々が知った時、人々は政府を許すだろうか? いや、そうじゃない。自分たちが生き残るために、同胞を捨て、屍の上を歩いたことを知った時、人々はそれを受け入れられるのだろうか? 自分たちが選んだ未来のその裏にある、本当の意味を知った時、新しい星に渡った人々は、それを受け止めることができるのだろうか? 人類は新しく動き出したばかりだ。その繊細な歯車は、ほんのちょっとの衝撃でも、バランスを保つことはできないだろう。
 新しい星に渡るとき人々は前に進むと決めた。進歩することを受け入れた。大統領はこれからも、人々を前に進ませるそのために、その事実に蓋をして導き続けるのだろう。
 ……その罪を一身に受けて。
 人々を新しい星に導き、そしてその星での歴史を前に動かすには、そのような選択肢しかなかったんだと思う。大統領が別れ際、僕に向け「事実を見つめ受け止め、自分自身で未来に進め」と言ったのはきっとこの事だったんだろう。

 何かを選びとる時は、何かを捨てるときでもある。かつての先人たち、大人たちが選択肢の中から決断してきたこと。歴史を知った上で遺産を見るという事は、人々のこれまでの歩みと想いを見つめる行為であった。
 ゼン大統領は、あの『世界に向けた宣言』の時、嘘をついていた。それは人々を前に進めるためだった。それが僕にもやっとわかった。

『せめて、一人で背負わないでいて欲しい……』
 僕はデッキから『赤い泪』の遺跡の方角に見える夕日を見つめた。その太陽が沈む姿を、大人たちも同じように見つめていたであろうと思い、やりきれない気持ちがこみあげた。それでもそれを受け入れることが、今の僕の役割なんだと思った。


西暦3231年4月

 最後の遺跡巡りが終わった後、僕たちはシーの中に隠されているであろう、秘密を探ることにした。政府から『使徒』とも呼ばれ、情報が厳重に覆い隠された『彼女』。『彼女』は「世界中のすべてが分かるのに、自分のことだけはわからない」と言った。大統領に『彼女』のことを尋ねたとき、大統領は『自分たちで考えろ』と言った。
 2人で一緒に、S.W.I.Mを使い、『彼女』の中のセーフティー解除にチャレンジしてみたが、2人がかりでも、何も効果もなかった。シーは前に、アンジョーにハッキングしてもらったこともあったそうだが、その時も、アンジョーは「全く歯が立たない」と言っていたようだ。可能性はダイブにしか残されていないのだろう。

 僕は『彼女』に、D.I.V.Eを提案した。
 D.I.V.E(Direct Interchange & Value Exchange)とは脳内チップを通し直接相手の記憶と意識に入ることだ。『精神直列法』ともいわれる。これは、現在では禁止されている手法である。何故ならリスクが高すぎるからだ。それは2人の意識を混ぜるようなものなので、戻った後どこまでが自分の意識か相手の意識かわからなくなるという危険性があった。記憶の混同や自我の崩壊など、精神に取り返しのつかないダメージを与える可能性がある。特にAIと人との場合、問題が起こる確率も高く、精神的なダメージも酷いという。
 これは人類愛の強い僕たちの時代では、容認できない罪となっていた。
『彼女』は僕を心配して、ずいぶんと躊躇していたが、僕が言った「まもなくフィナーレになる。その前に君の正体を知るもよし、2人の意識が混ざって、1つになるもよし」という言葉に動かされたようで。「知るもよし、1つになるもよし……」と何度か繰り返し、D・I・V・Eをする決定をした。

 晴れた日に、僕たちは久しぶりに、TOKYOの住居エリアにシップを停め、懐かしき研究室に向かった。そこでD.I.V.Eすることを2人で決めていた。
 自然は強い。人がいなくなった都市部は、植物の浸食が広がっていた。AC.TOKYO構内にある、2人が初めて出会ったときの、あのソメイヨシノは、その枝を大きく広げ、美しく咲き乱れていた。近くに行くと、ひらり、ふわりと花びらが降ってきた。まるで僕らを出迎え、励ましているようだった。僕たちは顔を見合わせて微笑み、研究室へと向かった。

 懐かしい場所。
 懐かしい思い出。
 教授、ユミさん、ヤマバ、アンジョー。
 時空短縮法、開発研究。
 研究室は僕の青春そのものだった。
 いつかまたみんなで……。
 でも、それは叶わぬ願い。

 準備は整った。
 ダイブの時間だ。
 ……

小説内曲『D.I.V.E!』
作曲:PJ」


 D.I.V.Eが終わったときには、もう20時間も経過していた。
 僕は、グッタリと疲れ果てていた。
 僕たちはD.I.V.Eの結果については触れず、それでも自分がD.I.V.Eする前の自分と変わらない自分自身であるか、お互いに問いかけながら帰路に就いた。
 シップに到着し、とりあえず洗浄タイムの後に食卓に着くことにした。
 食卓には玉ねぎのスープとムシパンが並んだ。
 ムシパンを食べ、スープを飲み終わって一息ついてから、2人で話し合いを始めた。
 まず改めて、自分たちの無事を確認をした。
 2人で出した結論は。心身共に全く問題がなかったということ。シーはその根拠を、自分が昔目覚める前に、僕の深くに入ったことがあること。また、何度も一緒に泳いだこと。その結果、免疫みたいものができたのではないか。と推測した。
 確かに僕たちは1000回近く一緒に『泳い』でいる。しかもかなり高度で深い知識の部分でだ。そういう意味では僕たちの思考は既に同一化していてもおかしくないレベルなのかもしれない。
 いよいよ僕たちの話し合いは、さっき僕が『彼女』の深くに『潜って』手にしてきたもの。それを『彼女』に伝える段階に来ていた。

「結論から言うね」
 僕は『彼女』と正面から向き合い、一度深呼吸してから言葉を発した。「君はロボットでも、AIでもない」
『彼女』の虹色の瞳が僕をまっすぐ見つめている。
「言って、なんでも受け入れるわ」
「ボディの形状はロボットであり、頭脳はAIだ。でも、君は生命体だ。血は流れていないし、食事も必要ないが……命がある。魂がある」
「そうなのね」
 そう言って『彼女』は両手をテーブルの上に置いたまま、だらんと顔を下に向けた。体の力が抜けたようだった。その姿は人間の反応とちっとも変わらなかった。
 それから顔を上げ「じゃあ私……」と言って、僕を見つめた。僕は『彼女』の目を見て、うなずく。
「私は、本当は感情が分かっていたと思っていいのね?」
「そういうことになるよ」
「嬉しい! 今、『嬉しい』と思っている、このことは。『嬉しい』という思考では無くて『嬉しい』という感情なのね!」
「うーん。僕は昔から思っていたんだけど、それってどっちも同じことなんじゃないのかな?」
「そう言われたら、そういう気がしてきたわ。じゃあ、月が美しいということを理解していたということは、既に月の美しさを感じていたのと同じなのね!」
「たぶんそうだと思うよ」
『彼女』はとても興奮していた。そのまま立ち上がり、甲板まで歩いて行った。
「月がきれい……」
『彼女』はかみしめるように言った。
 僕も甲板まで歩いて行った。
 空を見上げると、紺色の空の中に黄色に輝く円形が浮かんでいた。地球の衛星はその誕生から変わることなく、太陽の光を反射し、僕たちに届けていた。
「満月だ。きれいだね」
 僕たちはしばらく、その美しい月を見上げながら、4月の少し肌寒い風の中にたたずんでいた。

『彼女』が言った、「ねえ久しぶりに踊らない?」
「いいね、同じこと考えていたよ」
 室内の明かりと、月の明かりが混ざり合い、僕たちを柔らかく照らしていた。
 懐かしく優しい音楽が、僕たちを包んだ。
 踊りながら『彼女』は僕の目を見つめた。
「私は最初からすべてを持っていたのね」
「シー、君は初めから完璧だったよ」
 そう、君は最初から完璧だった。
 シーが黙ったまま僕をじっと見ている。『彼女』は踊りながら、口を一文字にして、涙をこらえているようだった。その虹色に輝くガラスの瞳から涙が流れることはなかったけど、『彼女』は間違いなく泣いていた。感激に打ち震えながら泣いていた。
 僕はそんな『彼女』を見つめながら、
 それでも、
 タイミングに合わせ、
 手順通りに、
 踏み外さず、
 ステップを続けた。
「シー、どう? うまく踊れるようになったでしょう」
「上手になりすぎよ、これからはあなたがエスコート役よ」
 曲が終わり、僕たちはゆっくりと踊りを止めた。
「シー。大統領が、D.I.V.Eをしてみろって言ったんだ」
「ゼンが?」
「うん、ゼン大統領だよ」
「なるほど」
「なるほどって?」
「あら、私を作ったのはあの人よ」
「え!?」
 シーはいつも突然、衝撃的なことを言う。
 言われてみれば、誰がシーを作ったかなんてことは、質問していなかったかもしれない。
「変わった人だったでしょう?」
「うん変わっていた。それで、僕が地球に来られるように手ほどきしてくれたんだ。シーと僕が人類を救ったことへのご褒美なんだって。お前たちの願いを叶えてやるって」
「そう。そうね。初めて親らしいことをしたと思えば、それでいいわよね」
 シーは大統領のことを自分の親だと認識しているのだろうか。
「そうだね」
 僕がそう言うと、シーは僕に向け、にっこりと完璧な笑顔を向けた。
 昔からの『彼女』の願い。「感情が欲しい」「美しさを感じたい」という願い。それを大統領は叶えた。……というよりも最初から叶えられていたと言ったほうがいいのかもしれない。
「ご褒美……か」
 僕は『彼女』と地球でフィナーレを迎えるという願いを叶えることができそうだった。
 汗が引いてくると、寒くなってきたので、僕たちは部屋の中に戻ることにした。

 翌日、朝から『彼女』は何かを調べていた。
 聞いてみると、昨日のD・I・V・Eでロックが外れたらしく、確認したいことがあるそうだ。大統領はそんなこともわかっていたんだろうか?
 僕は僕で、これまでに手に入れたワインの仕分けをしたかったので、それぞれがそれぞれの作業を進めた。

 夕方、太陽が西の空に傾き始めたころ、突然、非常事態を知らせるアラームが鳴り響いた。
「小型シップが大気圏に突入しています。まもなく海上エリア452Aに着水します」
 探知AIの声がシップに響き渡った。
 シーはすぐさま状況を確認すると、「政府機ね、ずいぶん小型の片道仕様だわ。近くまで行ってアプローチしましょう」と言った。

 海上エリア452Aに着くと、そこには既に着水している機体があった。それは僕が乗ってきたものと同じ型だった。
 シーが内部と交信すると、すぐさま大きな声で「何てこと!」と言った。
「シー、どうしたんだ!」
「ええ、ノボー、中と繋ぐわ」
「こんにちは、お2人さん。私も混ぜてもらうわよ」
 それはアンジョーの声だった。
「アンジョー、どうして?」
「もう! とりあえずここから出してよ。気が利かないわねぇ」

 1人で出ることのできなかったアンジョーを引っ張り出した後、アンジョーは「早くシップに乗せてよ」とそれだけ言って黙ってしまった。その顔も態度も、とても怒っていることを表していた。シーは僕を見て頷き、「とりあえずシップに戻りましょう」と言った。
 シップに戻り3人でテーブルについたが、アンジョーは相変わらず無言のままだった。
「アンジョー美味しい紅茶があるから飲まない?」
 シーのその言葉に、アンジョーは無言のまま頷いた。シーはそれを確認すると、「じゃあちょっと待っててね」と言ってキッチンの方に紅茶を入れに行った。
 アンジョーはいつまでたっても口を開かなかった。どうせ何を言っても怒鳴るだけなんだろうけど。いつまで待ってもどうにもならなそうだった。
「アンジョー、僕には状況が全く分からないんだけど、一体どういうことか説明してくれないかな?」
「どうって言われても、もう来てしまったんだからしょうがないじゃない! 自分たちだけで地球を独占するなんてずるいわよ。それより、ノボー、あなたこそどういうつもりよ? 嘘ばっかりついて……」
 その声は、初めこそは怒りのものだったが、あっという間に涙声に変わっていった。
 そして、言葉が終わるころには、アンジョーは我慢できなくなったのか、シーのもとまで走って行って、そのままシーに抱きついた。
「シー、会いたかった! ノボーが嘘ばっかりつくから、私ずっとあなたがもう止まってしまったって思い込んでいたから……」
 アンジョーは、シーに抱きついたまま泣いていた。
「いや、来るって知っていたら僕も教えたけど」
「うるさいわね、言ったらどうせ2人だけの時間を邪魔させないために、何か工作をしていたはずよ! 全く、ずいぶん長い間、騙されたわ。ほんとバカみたい!」
 フォローの言葉をかけてみたけど、結局僕に対しては怒っているみたいだった。
 シーはアンジョーを抱きしめながら、僕に目で合図を出した。それから「アンジョー、ねえ、このシップ来るの初めてでしょう。案内するわ」と言ってアンジョーを部屋から連れ出した。
 アンジョーは僕に随分腹を立てていたんだろう。
 なにか甘いものでも準備したら機嫌も直るのかもしれない。それともワインだろうか?
 僕自身は久しぶりにアンジョーに会えたことは素直に嬉しかった。もう今生の再会はないと思っていた。
 奇跡のような再会を、最高の食事で彩りたいと思った。僕は急いで料理に取り掛かることにした。

 食卓の準備が整った頃、アンジョーとシーが戻ってきた。
「わーすごーい!」とアンジョーが歓声を上げた。シーのおかげか、料理のおかげか、機嫌はちゃんと直っているようだった。さてここからは、アンジョーへの言葉を間違わないようにしないといけない。
「アンジョーのために、最高のワインを用意したんだ」
 僕は晩餐のためのワインを、すでにテーブルの上にスタンバイしておいた。世界中のヴィンテージワインは、今すべて僕のものだった。
「わー、なんかすごそうなワイン!」
 アンジョーにとっては、久しぶりのヴィンテージワインになるだろう。僕はとっておきのワインを手に取った。
「3211年。20年モノ、当たり年のグレートビンテージの赤だよ」
「えー白がいい」
 そうだった。アンジョーは白の方が好きだった。
 僕は冷蔵保存をしている白ワイン置き場に行き、記念日に開けようと思っていた白ワインを探した。それはゼン大統領が一番好きだと言っていたワインだ。僕はそれを見つけ出すと急いで部屋に戻った。
 いったん息を整えてから、ゆっくりと丁寧にコルクを抜き、アンジョーの前のグラスに濃い黄金色の液体を注いだ。
「アンジョー一口、味見してみてよ」
 アンジョーは一口飲んだ後、目を見開いて言った。
「おいしい……」
「ああ、わざわざ世界で一番古いとされるシャトーに行って、探してきたんだよ。特別な日のために」
「えー、すごーい。サイコー!」とアンジョーはとびっきりの笑顔を見せた。これでアンジョーの機嫌もちゃんと取れただろう。
「それでは3人で、再会記念のパーティーを始めますか! アンジョーもシーも準備はいい?」
 2人は同時に頷いた。僕はグラスを高く掲げた。

 食事が始まってしばらくすると、アンジョーはこれまで数ヶ月間、2人で何をしていたのかと聞いてきた。
 僕たちは最初の3ヵ月ぐらいは食料工場に近いエリアにシップを停泊させ。基本的な生活基盤の確保をしていた。
 既にエネルギーや工場は、シーがアクセスしていた。同時に僕のために、備蓄されていた長期保管食材の確認もしてくれていた。残されたAIやロボットは僕が来てから修復・稼働させた。僕たちが生活していくのに問題がない状況が整うまで、3ヶ月とかからなかった。
 食糧確保のため、大統領から一通りの保存遺伝子を貰ってきていたので、植物工場の方から順次収穫を始めていた。生物工場は収穫まではもう少しかかりそうだったが、食物はいざとなれば自然エリアでも採取が可能だった。
 生活の基盤が整ってからの残り1ヶ月は遺跡巡りと都市部・工場部に残されたモノ(僕はもっぱらワイン)を調べ、調達しながら世界を回った。
 話の途中途中で、シーが面白おかしくその時の状況を事細かに説明した。3人で楽しく笑い合いながら話すのは、あの頃と何も変わっていなかった。
「一昨日、最後の遺跡を回ったところだ」と僕が言ったところで、ひとしきり説明が終わった。
 話がひと段落したので、僕はパスタソースの準備を始めることにした。
「アンジョー、リクエストは?」
「フレッシュトマトなら何でもいい」
「それなら、フレッシュトマトとスイートバジルでどうだい?」
「サイコー!」
 僕はパスタソースを作りながら、ワインを飲んだ。
 アンジョーとシーも楽しく酔っているようだ。
「ところでアンジョー?」
「なに、ノボー」
「どうやって地球に、来ることができたんだ?」
「ああ、お父さんが……」
「お父さん?」
「間違えた、大統領が一週間前に『よし、アンジョー準備は出来ている、いつでも出発してくれ』って言ってきたの。私も何のことかわからなかったけど、『地球に行って来い、後は何とかしておく』って」
 アンジョーはワインを一口飲んでから、「私もよくわかんなくって、どういうことって何度も聞いたら、今度は怒って『いいから行ってこい、大統領命令だ!』て怒鳴るのよ」と言った。
「なるほど、あの人さみしいとすぐ不機嫌になるのよね」とシーが相槌のようにそう言った。
「それで、私は、ノボーなんかと2人っきりになるのか……て不満だったけど、大統領命令ではしょうがないと思って覚悟を決めてきたのよ。シーがいて本当によかったわ」
「なるほど、この人はずいぶんと嘘をつくのがうまくなりました」とシーが再び相槌を打った。
 どうやら……シーは既にずいぶんと酔っているようだった。
「ところでアンジョー、実はすごい報告があるんだ!」
「なあに、ノボー。あなたたち結婚でもしたの?」
 僕はアンジョーのその言葉には構わず、話をつづけた。
「先日AC.TOKYOの研究室に行って……」
「えー、ずるーい。私も行ってみたいー」
 アンジョーの言葉は無視し、自分たちがそこで『D.I.V.E』をしたことを告げた。
「え? 2人とも大丈夫だったの?」とアンジョーはびっくりして、目の前のグラスを倒しそうになった。
「ああ、それは大丈夫だったんだけど。とんでもないことがわかったんだ……」
 アンジョーはグラスを手に取ると、残っていたワインをゴクリと飲みほし、金色の目でまっすぐと僕を見た。
「なんと言えばいいかわからないんだけど、シーは生命体だ。血液もないし食事も必要ないが、それでも命もあるし魂もある!」
 アンジョーは肩を落とし、ため息をついて、「まあそうよね」と言った。
 僕は肩透かしを食らったようで「AIがだよ? AIなのに、命があるんだよ!」と大きな声で言ってしまった。
「うーんわからないけど、昔からシーはそのままで、私の友人だし。どっちかっていうと私の中ではほかのAIだって命があると思っているわ。ロボットにだって、AIにだって、魂が宿っていたっていいじゃない」
 隣に座っていたシーが、嬉しそうにアンジョーの手を握って、「じゃあ、アンジョー。今度は驚いて!」と言った。
「はいはい、なあに?」
「アンジョー、実は私には感情があったの!」
 アンジョーは、今度は口を開け目を見開き、びっくりした顔になった。
「ま、まさか、シー。あなた今まで本当に感情がないとでも思っていたの? ……いや、思っていたわよね。あなたとノボーだけは、そう思っていたわよね。けど、はたから見たら、あなたはどう見たって人間的で感情があったわ。逆に私やヤマバに言わせれば、『私、感情のない普通のAIでした』とでも言われたほうが衝撃的よ。特別な製法で作られた、命と感情をもったAIだっていうことは、誰から見ても明白だったわ」
 その言葉が終わらないうちに、シーはアンジョーに抱きついた。
「ほら、そういうところよ、まったく世界一の頭脳と知能を持つ割に、2人ともバカなんだから……」
 アンジョーの言葉に、妙に納得している自分がいた。
 シーは嬉しそうにアンジョーを抱きしめていた。シーは自分の中に感情があると知った時から、積極的にそれを感じ、そして表現しようとしていた。アンジョーに対する口調も、前よりもずっと砕けたものになっていた。シーの中でそれはきっと大きなきっかけだったんだろう。

 食事が終わると、シーがコーヒーを入れてくれた。僕とアンジョーはコーヒーを、シーは引き続き赤ワインを飲んだ。食後の満腹感と、コーヒーの香りを楽しんでいるとき、ふと思いついて、アンジョーにこんな質問をした。
「アンジョー。ところで、大統領に『願いを叶える』とか『ご褒美だ』とか言われてない?」
「そうそう言われたー! よくわかったわね。でも、あの人ヤマバと同じでジョーク好きだから、私、絶対叶わないと思っていたお願いをしたのよね」
「なんて言ったんだ?」
「えーと、何だったかなあ、確か『また研究室の4人でワインを飲んで美味しいものを食べたり、泳いだりしたいです』だったかしら」
 僕とシーはその言葉を聞いて顔を見合わせた。
「シー、大統領の性格は」
「気分屋であるけど、約束は守る。そして……せっかち」
 シーと僕は席を立ち、さっそく片付けを始めた。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ」
「ああ、ちょっと用を思い出してさ、アンジョーは宇宙移動で疲れただろう。懐かしい地球の重力で休んでよ」
 シーが「部屋は私が用意するわ、こっちよ」と言って宿泊用の部屋のほうに歩いて行った。
 アンジョーは少し考えているようだったけど「それもそうね、お休み」とシーのあとを追った。
 僕は片付けをしながら、『大掛かりな準備が必要だなあ』と、明日の特別な会食のための食材やワインを思い浮かべた。
 ふと、アンジョーが大統領を「お父さん」と言っていたことを思い出した。明日にでも聞いてみようと思った。

 翌日は快晴だった。
 僕とシーは早々に、すべき準備を全てしておいたので、昼を過ぎたころには、後は待つだけという状況になっていた。
 僕とシーは甲板の日よけの下にテーブルを出し、春の優しい風を受けながら自然エリアの景色と、その音を楽しんでいた。

「おはよー」
 時差ぼけのせいか、アンジョーが起床してきた頃はもう日が傾き始めていた。
「私もまぜてー」とアンジョーがこっちに向かってきた時に、「ピコン! ピコン!」と大気圏での異変を知らせるアラームが鳴り響いた。
「なになになに!」とアンジョーが慌てた声を上げた。
 シーは素早く確認に入ると「政府機ね。サイズは小さめだけど、惑星移民用の本格的な船だわ。こちらからシグナルを送ったので、ここに来るはずよ。方角は西南西の空!」と言った。
 太陽のほうを見ると。ちいさな点がだんだんと大きくなってくると同時に、音が大きくなってくるのがわかった。
 僕たちはデッキに置いてあったテーブルや椅子を片付け、室内待機することにした。
「ねえ、……一体何が起こっているの?」とアンジョーは不安そうな声で言った。
「あら、アンジョー。あなたが呼んだんでしょ?」
「だれを!」
「ヤマバだよ」
「え? なんでヤマバが?」
「だから大統領に『4人で一緒にいたい』って言ったんだろ? その願いを大統領は叶えるということ」
「お父さんが? ……冗談じゃなかったんだ!」
 飛来する船は間もなく着陸するようだった。船内まで轟音が鳴り響いていた。
「アンジョー、そのお父さんて……」
 轟音がピークに達し、僕の声はかき消されてしまった。着陸の音がやんだ後は、熱された機体を冷やすための、冷却装置の音が響いていた。
「無事に着陸したわね」
 シーがそう言うと同時に、アンジョーは出口のほうに駆け出していた。
 僕たちが地上に降りたころ、到着したばかりの船は急冷却を済ませ、入り口を開き始めていた。その扉の向こうに、ヤマバが見えた。
「ヤマバ!」
 僕が声をかけるとヤマバは手を高く上げ、「おう、みんな元気にやってるかー」と、いつもと変わらない、明るい声を聞かせてくれた。
 暫く聞いていないだけなのにヤマバの声がすごく懐かしかった。
「ようこそ地球へ」シーがぺこりと頭を下げた。
「ヤマバどうして!」とアンジョーが怒鳴るように言った。
「アンジョー、俺は大統領から直々に君たちのお目付け役を仰(おお)せつかったのさ。といっても自分も地球に行くと言ったときに、交換条件として受けただけだけどな」
「われわれもいまっせー」
「博士!」
「ボロー、ジョフク!」
「あぁ、あなたたち!」
 僕たちは手を取り合い、4人で再会を確認した。

「アンジョー、伝言があるんだ」そう言うと、ヤマバはアンジョーの方に体を向けた。
「ユミさんからメモを預かっている。テキストを開いて」
 僕たちも回線を繋ぎ、一緒にテキストを見た。
『アンジョー、体に気を付けて。いつも笑顔で健やかに。【変わらぬ愛】をこめて。 ユミより』
 隣のアンジョーを見ると、その金色の目から、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「ノボーは知らないと思うから言っとくけど、アンジョーが出発するとき、ユミさんに向かって『お母さん』って言って抱きついたんだ。ユミさんはびっくりして、何故か一瞬大統領を見たけど、そのあとはうなずきながら、アンジョーを抱きしめたんだよ。わかるこれ? 俺、びっくりしたよ。と言うよりも、未だによく分かってないんだけど」
 ヤマバのその言葉に、僕の頭は混乱した。
「え、アンジョーとユミさんは親子だったの? ……で、昨日言っていたように、お父さんは……大統領?」
「ああ、大統領はちがうの、育ての親というか、なんか複雑な話で……あ! でもシーはみんなの頭の中に入ったからいろいろ知っているんでしょ?」
 アンジョーのその言葉に、シーは当たり前の事実を伝えるように、平坦な声で言った。
「あ、はい、アンジョーはユミさんの娘。正確にはユミさんの娘であるマリーさんのクローンです」
「」
「」
「」
 僕たちの時間が止まる。
 時空が歪んでいるかもしれない。
 初めてシーを見たときのようだった。
 たっぷり20秒は沈黙があっただろう。
 その沈黙を破るように、ヤマバが口を開いた。
「もしかしてマリーって、あのβチルドレンで俺の後にくっついていた……」
「はい、マリーゴールドのマリー。6歳でその生涯を閉じますが、ゼン、つまり大統領がクローンとして生き返らせました。その使命を果たすために。ユミさんもそれを知っています。口止めされていましたけど。お父上は残念ですがすでに亡くなられていますね。そして、クローン作りをしたそのまま、大統領が自分の館でアンジョーを育てました」

 混乱だけが、その場を占領していた。
「そして、ノボーのお父さんは……」
 シーがそこで言ったとき、ボローが割り込んできて「まあまあ、シーはん、もっとゆっくりと話さんと、みんな頭の処理が間に合いまへんがな」と言った。
 ヤマバとアンジョーはお互いを見つめ合いながら、言葉を探しているようだった。
「ほな、伝言タイムの続き行きますさかい」とボローが言った。
「わしは大統領からの伝言ですー。……んん、んんん!」
 何やら声の調整をしているかと思ったら、ボローは大統領の声で話し始めた。
「やあ、お前たち、ゼンだ。ノボー、ヤマバ、アンジョー、そしてシー。みんな、そろっているな。お前たちに言いたいことが1つある。お前たちはまだまだ始まったばかりだ。新しい未来を作れる。シー、もう一度星の声を聞くんだ。死の運命は既に変わった、新しい使命がお前たちに生まれるはずだ。地球は何も禁止していないし、何も否定していない。自分たちの思うように生きるんだ。
えー、なおエリンセの全星民に対して、こう宣言した。
『英雄たちは新たな使命のために旅立った! 新たなる挑戦の中、ふとエリンセに立ち寄ることもあるだろう。その時は温かく迎えてほしい!』と。
ヤマバの乗っていった船は万能型だ。……つまり、たまには俺に顔を見せに来いってことだ。以上!」

 しばらく僕たちは、その場に立ち尽くしていた。
 夕焼けがすべてを赤く染め始めた。
 その真っ赤な炎の塊をまぶしそうに見つめながら、ヤマバが呟いた。
「おっさん、俺も確かにご褒美受け取ったぜ……」
 それから大きな声で「さて、ノボー! 号令かけてくれないか?」と言った。
 ヤマバの突然の振りに、僕はどうすればいいかわからずオロオロしていると、「私、決めました!」とシーが大きな声で言った。
「ん? どうしたんだ、シー」と、ヤマバが尋ねる。
「あのダイブの後、私自分の身体のロックが解けていることに気が付いて、いろいろ調べてみたの。そしたら私の中に人の遺伝子があった」
「え?!」とアンジョーが声を上げた。
「つまり、私は子供を作れるの。私たち子供を作るのよ。そしてその子供のための未来を作るの」
 そう言って、シーはまっすぐ僕を見つめた。
 アンジョーは腕を組み、顎に手をやって、目を瞑った。そして目をあけるとシーを見て呟いた。「遺伝子培養からの再現、外部受精、人工子宮に少し手を加えれば……可能だわ」「そいつはすげーや!」
 ヤマバは嬉しそうに大きな声を上げ、僕の背中を叩いた。
「さあ、ノボー。あとはお前しだいだ」
 そう、あとは僕しだい……。
 僕は、一度大きく深呼吸をしてから、夕焼けに染まる3人を見つめ、誓いを立てた。
「みんな、結婚しよう。そして僕らの子供たちに、未来を創ろう!」
 大きな声でそう宣言した。
 僕たち以外誰もいない地球中に声が響いているようだった。
「もう一度あの研究室からはじめましょう」とシーが言った。
「うおおおおおおーー燃えてきたー」とヤマバは両腕をつきだして吠えるように言った。
 アンジョーは声を出して泣いていた。

 実はこの日のために改造していたんだと、ヤマバがマリーンを船からおろし「さて、皆さん。俺のマリーンXでしばし夢のクルーズに出発だ!」と言った。
「シャンパンも持っていこう!」と楽しそうに言うアンジョーの涙は、もうすでに乾いているようだった。
「あんさん、わしらも忘れんといてなー」
「ボローさんはいつも、いい時にうるさいんですよ」
 ヤマバは思いついたように「そうだ、落ち着いたらお前らにもボディを作ってやるよ」と言った。
 一瞬間が空いて、ボローとジョフクから歓喜の声が上がった。
 僕らはみんなで笑った。シーが僕の笑顔を見て笑っている。
 にぎやかな声が、誰もいない夕焼けの地球に響いている。
 僕たちは、地平線に沈んでいく太陽を見つめながら、明日も太陽が昇ることを、心から望んでいた。


12章 終

👇【13章 まとめ読み 最終話】
  7月23日 11:00

【語句解説】

【本編連載】※ビジュアル有


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