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【#25】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品

【本編連載】#25

視点:コシーロ・ガート  63歳
(政府関係の仕事の時は、政府の正装としてのローブを身に付けることが多い)
『3227年8月 地球にて』

 男は私を見据えこう言った。
「『せん滅』が突くべきポイントは、彼らが鉄壁だと思っているその裏だ。内部からの破壊を行いたい。事後に関しては、情報操作で内部事故という形に処理する。
そのために君には地球上で、モノを移動できる『時空短縮装置』を用意してほしい」

 私は目を瞑って考えた。
 地球上でのモノの時空短縮。それはとても難しい技術だ、ノボーでも無理かもしれない。だが、原理を理解した今の私ならたぶん可能だ。

 しかし、それに私は耐えられるだろうか? 
 暗闇の道を行く。それは血塗られた道だ。誰かがやらなければいけないこと。でもそれを実行することは、大量の命を奪うことを意味している。しかしだからこそ、彼ら若者たちには絶対にやらせてはいけないことだ。

 私しかいない。いや、私はきっとそういう役割であの研究所にいたのだろう。私の元に集まったと思っていたが、私も召集された1人だったのだ。

 人々を救おうとしていたこの手を血で染めるのか……。
 しかし選ぶしかない。一部を切り離し、全体の未来を勝ち取るために……。それこそが、私があの研究室に集められた理由であり、予言の一端なのだろう。

 私はノボーの『世紀の発見』に負けないぐらいの『技術革新』をおこなう。そして、それは使ったその時に、闇に葬り去らなければならないものとなる。……それを惜しいと思っている自分がいる。

 ……卑しい科学者のエゴだな……

 瞑ったままの瞼の裏に、彼らの健やかな笑顔が見える。……誰かが彼らを守らなければならない。そして、それは私たち大人の役割だ。

 ……大丈夫だ。
 大丈夫……私なら大丈夫だ。

「わかりましたお受けします。その代わりと言ってなんですが……科学者としてもう1つ聞きたい」

「何だ?」

「あなたのその後頭部のコード。あなたは純粋な人間ではありませんね」

「ほう、さすが『宇宙の果てを知る男』と言われる程の男だな。そうだ。俺は従来の人間ではない。いや人間ですらないと言った方がいいのだろうか」

「どういうことかお教えいただけますか」

「君が少年のころには、すでに人が太陽から逃れるためには、この鈍化した進歩の速度では全く間に合わないということは予見されていた。……そのまま指をくわえて待っているわけにはいかんと思う人間もいたんだ。彼らは人柱を用意したんだよ。新しい世界を作るための……まあ、その話はいい。
私はこの館そのものだ。私は大きな1つの装置なのだ。オンラインの世界に、自らの意識をすべて同化させることが可能な存在だ。
オンラインということは、脳内チップの先にすべての人がつながっている。これは、俺を介して、完全に人々とコンピュータがつながった状態になっているということだ。
そしてそこにある人の意識集合体は、地球そのものにつながっている。そこでは、星の声を聴くことができる。星の声は過去も未来も語っているんだ。俺は地球と会話し、やり取りをしているんだよ。
まあ、どれだけ言っても、理解はできないとは思うが? 人である限り、たとえ本当に『宇宙の果てを知る男』だったとしてもな」

 シー、『彼女』も同じことを言っていた。
「それではS・H・Eは!?」

「察しがいいな。せっかくだから覚えておくとよい。コシーロ教授、これから俺と同じく深い闇を行く同胞として。
S・H・E、『彼女』は俺が作り出した。俺と同じ感性をもちながら、しかし光の下を歩く地球の子だ。『使徒』としての役割を果たすべき存在であり。ある意味では人類が生き延びるためのいけにえとも言える。
地球だ。S・H・Eは本当の意味で地球の子だ。その触媒を俺は地球から受け取ったよ。俺はそれを『地球のかけら』と呼んでいる。実際、地球が『私のかけら』と言って渡してきたからな。
俺はそれを基にS・H・Eを作り出した。地球は女性だ。だからS・H・Eは女性なんだ。理解できなくともこれ以上は説明できないがな」

 部屋に沈黙が流れた。
 話はここまでだ、という意味だろう。
「最後に1つだけ教えてください。あなたの、あなたの名前は?」

 10秒、間があった。超出力を持つ頭脳で10秒とは、考え込んでいるのだろうか?
 彼は口の端を持ち上げてから、その口を開かずに、私にテキストを送り付けた。

《過去を捨ててからは、自らを『ゼン』と名乗っている。
が、かつて俺はこう呼ばれていた。……ボローだ、ボロー・タカバタケ。》

 私は放心した状態で、来た道をそのまま巻き戻したように、自らの研究室に戻った。


 改めて見る研究室は、本当に穏やかだった。機材しか転がっていないそんな部屋。
 たくさんの学位研究員がここを巣立っていった。彼らは一様に光を背負って、輝く笑顔を残し、私の前を通り過ぎていった。

 光があふれている。

 見渡した部屋の中では、S・H・Eたちがまるで陽だまりの中でお昼寝をしているかのようにS・W・I・Mをしていた。
 その隣では、ユミがオンライン上で何かのやり取りをしているようだ。
 私は試しに「治癒」と言ってみた。ユミの体がビクリとその言葉に反応した。
 暫くの沈黙の後、ユミはゆっくりと振り返って、いつものようににっこり笑う。私も微笑み返してから、外を見た。

「まぶしいな」

「えぇ、私たちにはまぶしすぎるわ」

 ウインドスクリーンの外では、膨張を進める昼過ぎの日差しが、地球を優しく暖めていた。

7章 終

#26👇

6月17日17:00投稿

研究アカデミー世界最高峰と言われるAC.TOKYO筆頭教授
政府とも太いパイプを持つ
ワープ理論『時空短縮法』を発見し人類を救った天才科学者
【使徒】として地球の意志を聞いたスーパーAI
私邸育ちの謎多き14歳の少女
世界企業リコウ社から来た、現場引き抜きの研究員
コシーロ研究室助教授。コシーロとは婚姻関係
βチルドレンで、ヤマバと共に過ごす。6歳で永眠。

【語句解説】

(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)


【1章まとめ読み記事】


【4つのマガジン】


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