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【春弦サビ小説】赤い月

note内イベント【春とギター】に寄せられた『歌詞』や『曲』『詩』などからインスピレーションを受け、『説明なし』『前後シーン関係なし』のお話を書くのが、【春弦サビ小説】という企画です。

締め切りは昨日、5月22日でした。
さっそく遅刻提出いたします。

さて、今回はタイトルのみからのインスピレーションでのお話となります。
参考タイトル作品記事

(約900文字)


 青日の夜には赤い月が浮かぶ。
 自動運転の中から見上げる月は、地球の月とは全然違っていた。

 マスターの言う通り。エリンセには未来がある。僕たちが望んだ新しい希望の未来がここであることに間違いはない。
 でも、それでも僕は『彼女』がいないことがさみしい。
 そして『彼女』に惑星移民を導かせ、それが終われば、まるでいけにえのように地球に置き去りにした、そんな政府に対して、やはり思うことはある。特にこうして飲んだあとには、そういう想いが湧いてくる。

 必要なもの以外は何も置いていない自室に着くと、僕は自動で灯った明かりを消し、ボローに声をかけた。

「ボロー、ヤマバにつないでくれ」

「はいよ」

 ボローを通じてヤマバに回線がつながる。
「よう、どうした? さっきまで一緒にいたのに何か忘れてたか?」

「今1人? アンジョーはいない?」

「ああ、先に送り届けたから、今はマリーンだけさ」

「さっきの話だけど、ほら大統領に会いたいって言ったその理由」

「……ああ」

「僕は地球に帰りたいんだ。どうしても3230年中に」

「そうか……。で? 帰ってどうする」

「帰るだけだよ。そこで思い出とともに生きていく」

「思い出なら、こっちでどれだけでも思い出せるだろう?」

「ヤマバ、ダメなんだ。僕は毎朝、絶望の中、目を覚ます。生きている感じがしない。生きながら屍であるような気持ちだ。僕の中にある想いは地球に帰る事だけだ」

「俺やアンジョーを捨ててでもそうするのか?」

「捨てるなんて表現よしてよ。捨てない。ただ地球に戻る。地球でみんなとの思い出の中に生きていくだけだ。ヤマバとアンジョーには感謝しているけど、これだけはどうしてもだめなんだ」

「わかった。じゃあ1つだけ、アンジョーや他の誰にも絶対に言わない」
 それからヤマバは内緒話をするように、少しかすれた小さな声で言った。「シーを起こすことは? 『彼女』を再起動することはできないのか?」

 ヤマバのその言葉に僕は黙ってしまった。

「ノボー。ちゃんと教えてくれないのなら、大統領に合わせることはできない」

 2人の間には沈黙があった。でもそれは親密な沈黙だった。

 やっぱりヤマバにはかなわない。本当は、僕は誰かにこのことを聞いてほしかった。


Dr.ノボー・タカバタケと『彼女』の惑星移民より
8章一部抜粋


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