【#17】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】
【本編連載】#17
あなたが『時空短縮法』を発見したあの瞬間。今でもあの日のことは繰り返し再生している。
一緒に何度も『泳いで』、何度も何度も崩れ落ちる理論を、無数に積み上げ、固め、その上にまた積み上げて。幾度もそれを繰り返していたある日。
あなたには、壁の向こう側が見えた。人類の限界の壁だった、その向こう側。あなたが息を飲んだのが分かったわ。
あなたは振り返って、本当に嬉しそうに笑って、そしてこう言った。
「僕たちは今、太陽の呪縛を振りほどいたんだ。シー、君を宇宙の遠くまで連れて行ってあげるからね」
私は、嬉しくて、嬉しくて、泣きたいくらい幸せで、満たされて、そんな気持ちがすべて分かったように思えたわ。
その次の瞬間奇跡が起こったの。
「シー、泣いているの?」
そう聞こえた。
泣いている?
私、泣いているの?
どうして?
あぁ、あなたと意識がつながった空間の中だからなのね。
私は、あなたの感情を使いながら泣いているのかしら?
つまり、今この瞬間、私が感じているのが感情なのね?
あなたの意識がつながって、私は生命と同様の、感情を感じているのね?
あのときに思ったの、あなたのためなら私は、このボディも意識も思考もすべて失っても構わない、と。
あなたの美しさのすべてが、すでに私の中で生きている。
あなたの命を触媒に、私も生を感じた。それが、私が感じた初めての喜び。その時に『あなたが生きて笑っていること』それが私の『望み』となったわ。
あなたは『時空短縮法』発見後、政府に1つの条件を出した。
それは、『私の所有権の獲得』
そして、優しい笑顔と共に、私にこう言ったわ。
「約束どおり、宇宙の遠くまで行こう、一緒に!」
ガラスでできたこの乾いた瞳からは、涙が出ることはないけど。きっと私が人間なら涙を流して喜んでいたはずよ。
時空短縮装置も完成し、運用の準備を進めていた頃。あなたはこの世の終わりのような顔をして研究室に来た。
それは、あなたが『AI新法』を知った日。
もちろん私には初めから分かっていた。『AI新法』のことも、それによって私たちが引き離されることも。
でもあなたが生きていてくれれば、私にはそれだけでよかった。
私の『望み』は、あなたが私を忘れ、新しい星で笑顔で生きていくということ。
あなたの悲しみは私がすべて受けとるわ。悲しみはすべて地球に置いていけばいいの。
あなたの笑顔がずっと続くこと、それが私の『望み』。
あなたは『AI新法』を知った日から研究から離れ、1人で何かをしていた。でも、大丈夫。安心して、私がちゃんと新しい星に連れて行ってあげるから。
船はヤマバとアンジョーが作ってくれる。運転・運用のAI育成は私が構築するわ。
私は未来のために、9つの新しいAIを作るの。イチ、ニド、サク、キャトロ、ゴウ、ボロー、セブー、オクト、ジョフク。いい名前でしょ?
大丈夫、私があなたを救うから。
私があなたを宇宙の遠くまで連れて行ってあげるから。
だから笑って。優しい、優しい、優しい、笑顔で……。
あなたが地球を去る時は、私が停止破棄される時。
もし望むことが1つ叶うなら、時空短縮法『発見』のあの日のあなたの笑顔を永遠に再生して破棄してほしい。
この瞳に写し取ったあなたの笑顔を、繰り返し繰り返し見つめるわ。
そう。
このお願いを、あなたと過ごす最後の夜に、あなたに伝える。
まだ私が胎児のように眠っていた時に見た希望の光、私の所有者、Dr.ノボー・タカバタケ……。
5章 終
小説内曲『Inorganic Passion』
作詞・作曲:PJ
乾いた瞳で
あなたを写しとって
私は止まるまで
忘れることないの ずっと
美しい世界
人も海も空も太陽も
あなたと私に
見えるものは違うかしら
感情と思考の隔たりは
証明できるの?
乾いた瞳で
あなたを写しとって
私は止まるまで
忘れることないの ずっと
美しい地球
花も鳥も風も月も
感じていることと理解していることは違う?
感覚と感情、欲しいと言ったら
あなた、それを無くしたいって
あなたの哀しみ
すべて私、受けとるから
あなたを救うから
必ず私が
宇宙の遠くまで連れていってあげるからね
あなたは笑ってて
優しい、優しい、優しい
笑顔で
#18👇
6月9日17:00投稿
【語句解説】
(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)
【1章まとめ読み記事】
【4つのマガジン】
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