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本領発揮!

2022年最初の
理学療法士×well-being×物語!
今年もよろしくお願いします。

日本は超高齢社会となり、
自ずと認知症患者も増えると言われています。

私も仕事上、認知症の方とよく接するのですが、
一番辛いのはなかなかご自身の想いを
うまく伝えられないところだと思います。

私たち医療・介護系の専門職は、
認知症になった“後”のその人にしか
出会ったことがないので、
今までどんな人生を歩んできたかを知るには、
ご家族の話や自宅内の物を参考にするしかありません。

今回の物語の主人公は、
アルツハイマー型認知症の方です。
通所リハビリでの言動やご家族のお話から、
ご本人の人となりを知ることができ、
この方の“本領発揮”を見ることができました。

「いや、今日はもういいねん。この後、お姉ちゃんが連れてってくれるって言うてたから、帰らんと!」

通所リハビリの部屋に女性の切羽詰まった声が響いた。

声の主は、保坂さんという方。

私たちの通所リハビリには
半年ほど前から通っているのだが、
最近になり今日のような帰宅願望や、
不穏になることが増えてきた。

今もマシントレーニングをしていた最中だったが、
「帰らないと!」
と、言い出しているようだ。
(ちなみに、お姉ちゃんというのは娘さんの事)

対応しているのは、
入職間もない若手のスタッフで、
保坂さんの訴えにオロオロとしていた。

私は見かねて対応中だった利用者さんに
「少し待っててくださいね」
と声をかけ、保坂さんのもとへ向かった。

娘さんいわく、保坂さんは私のことを
“1番慣れている人”
と、言ってくれているようで、
これまでの不穏な時も、
私が声を掛けたら落ち着いてくれていた。

だから今回も、
『自分が声を掛ければ落ち着くだろう』
と、安易に考えていた。

「保坂さん、どうしました?」

すると保坂さんは、対応していたスタッフを指し、
「この人が帰してくれないの」
と、困り顔で訴えてきた。

「あー、そうか。どこに行かんとアカンの?」

「お姉ちゃんが今日はこの後どこか連れてってくれるって言ってたから。もう準備しないといけないでしょ?」

「そうですか。ただ僕ら今日どこか行くって娘さんに聞いてないですわ。少し確認するからそれまで待っててくれますか?」

「あぁ、そう?」

保坂さんは帰宅の訴えこそなくなったものの、
納得はしていない様子だった。

申し訳ないが、
私も待ってもらっている利用者さんがいたので、
保坂さんを対応していたスタッフに
「話を聞いてあげて」とだけ言い残し、
その場を離れた。

受付のスタッフに聞いても娘さんからは何も聞いてないと言う。

保坂さんは、事業所の送迎ではなく、
娘さんに送迎してもらっている。

理由は、ここを通所リハビリという介護事業所ではなく、『病院のリハビリ』だと思ってもらうため。

 保坂さんが通所リハビリを利用するようになった経緯は、娘さんの
「なんとか今のうちに介護サービスに繋げて、悪化するのを防ぎたい!」
という想いからだった。

 認知症が少しずつ進行し、一人暮らしでもある保坂さんを心配した娘さんは、当初デイサービスを利用してもらおうと考えたのだが、保坂さんが
『あんなとこ絶対イヤ!』と断った。

 以来、保坂さんは、
「娘は私をどこかに行かそうとしてる」
と、疑うようになってしまい、
デイサービスを勧めることができなくなってしまった。
 しかし、たまたま行ったかかりつけ医の先生から
「保坂さん、歩くのふらふらしてるからリハビリしたらええんちゃうか?」と、言われると、
「そうですね。やりたいです」と、了承したらしい。

 そこで病院併設であるうちの半日型の通所リハビリに
白羽の矢が立って利用することになった。

 利用時の契約も、本来なら理学療法士と相談員とケアマネジャーが自宅に赴き行うのだが、
娘さんから『あんまり人が来ると怪しがる』『介護というワードは出さないで』という忠告があったので、
ケアマネジャーと私が自宅に伺い話をしつつ家の調査を行い、後日相談員が娘さんと契約を交わすという風に行った。

この日はなんとか利用予定時刻まで保坂さんはいてくれたのだが、終始ソワソワしていた。

お迎えに娘さんが来られた時、
私は今日のことを少しお伝えした。

「今日、『早く帰らなきゃ』ってすごいソワソワしてたんです。ご自宅出る時は変わった様子ありましたか?」

「いやぁ、最近認知症がまたひどくなってきてるような気がして。『トイレがなくなった!』って電話かけてきたり、今までできてたのに朝のパンの準備ができなくなったり」

「あ、そうなんですか」

「ええ。やっぱり週一回のリハビリだけじゃダメですよね?デイサービスに行くと他の人とかと関われるからいいですよね?」

「そう思いますよ。保坂さん、喋るの好きですからね。僕らにもよく話してくれるし、たまたま隣どうしに座った方ともよく話してました」

「元々ね、カラオケしたり民生委員したりと社交的なんですよ。私も絶対合うと思うんだけど、何でか嫌がるんですよね」

「失礼ですけど、保坂さん自身、デイサービスって何かってわかってますかね?正直、ちゃんとは理解していない気がして…」

認知機能の評価としてMMSEというのがある。
保坂さんは3点/30点であり、
記憶や見当識(時間や場所の認識)全般が低下していた。

「わかってないと思うけど、本能的に嫌がってる?みたいな。今までは世話する側の人やったから」

それを聞いて思い出したエピソードがあった。

「ここでも前に上着がうまく着れない人がいて、その人の手伝いしてましたよ!」

「えー、そう?自分も服めちゃくちゃ着てるのに!昔からめっちゃ世話焼きなんです。自分の旦那の介護して、孫たちの世話して、民生委員もして。友達も多いんですけどね、今はほとんど出かけないから疎遠になってます」

保坂さんが世話好きで、社交的な方というのは前からなんとなくわかっていたが、介護というワードを嫌う理由が“自分は世話をする側だ”と思ってのことというのは、娘さんとの対話から初めて知った。

私もこれまでに何度か
『デイサービスとかどう?』と、聞いたことがあるが、
何か言ってくれるものの明確な返答は得られていなかった。

今、目の前の保坂さんは娘さんが“やっと”迎えに来たことで安堵の表情をしている。

「保坂さん、来週もここに来た後何も予定ないみたいやから、安心して来てくださいね」

「あら、そう?ありがとうございまーす」
保坂さんはそう言うと娘さんと一緒に帰っていった。

私もリハビリ室に入ろうと保坂親子に背を向けると、
帰りながら

「お姉ちゃん、今日はどこか行く言うてたやん?」

「いや、言ってないよ!お昼ご飯どうしよ?食べに行く?って聞いただけやん…」

そんな親子の会話が聞こえてきた。

保坂親子は本当に仲の良い親子で、
通所リハビリに連れてくる娘さん以外にも、
息子さんも保坂さんを毎週末訪れて、
いろんな場所に連れて行ってあげている。

子どもたちがそうするのも、
保坂さんが一生懸命育ててきた証だと思う。

親子関係からも、保坂さんが
“してあげる側”の人間であったことが垣間見える。

この日、私は保坂さんのケアマネジャーに連絡した。

保坂さんが帰宅願望で不穏になること。
MMSEでも生活面でも認知症が進行していること。

一方で、

同じ通所リハビリの利用者に対して、上着を着るのを手伝ってあげていること。
スタッフや利用者ににこやかにお話されていること。

これらの情報を伝えたところ、

「娘さんにも認知症の進行が気になるという話は相談されてました。デイサービスも向いてると思うんですけど、本人がうんと言わないので、どうしようかと思ってたんです」

とのこと。

デイサービスに行って認知症が良くなるわけではないが、1人で家にいるより刺激があるし、家族も安心できる時間が増える。

客観的には、保坂さんはデイサービス向きだと思うのだが、本人が行くと言わないので、ケアマネジャーも困っているようだ。

ケアマネジャーが続けた
「でも、通所リハビリでもそうやって言ってもらえるんですから、きっと行けば楽しくなると思います!リハビリもかかりつけの先生が言って行くようになったんで、一度その先生に相談してみます!先生の言うことだと聞くかもしれないので」

「あ、それはアリですね!ここの契約の時も『先生に言われてるから頑張る』みたいなこと言ってましたから」

この作戦が見事にハマった。

この月の受診の時に、かかりつけ医から
「僕のオススメの体操とかする場所があるから、紹介するし、そこ行ってみたら」
と言われた保坂さん。

「はい、わかりました!」
と、即答したようだ。

デイサービスは普段は医師の意見書などは必要ないのだが、かかりつけ医の先生の協力は絶大な効果があった。

いざデイサービスに行ってみると、
保坂さんは本領を発揮した。

混乱している利用者には声をかけ、
スタッフにも気さくに話しかけ、
身体がよく動くから体操の見本にもなっているとか。

家や通所リハビリでも、
「先生に勧めてもらった所で…」
と、デイサービスの出来事をよくお話してくれる。

しかも、MMSEも7点にアップした!

デイサービスの利用は
最初週1回からと言っていたのが、
2回になり、3回になり…
その時点で私たちの通所リハビリが
週2回から1回に減ってしまった(泣笑)

利用者は減ってしまったが、
娘さんにもケアマネジャーにも
「ここが最初に受けてくれたから、つなげることができました!」
と、感謝された。

デイサービスも通所リハビリも、
介護事業所の目的は、
“利用者の自律(自分らしさ)を取り戻すこと”
である。

そう考えれば、自分たちの事業所は、
保坂さんにとって価値のあるものになったはずだ。

認知症で自分をうまく表現できなくなった保坂さん。

しかし、
通所リハビリ、ケアマネジャー、家族、かかりつけ医が情報共有をしたことで、保坂さんが本領発揮することができた。

認知症やうまく自分を表現できない人でも、
その人らしさは存在する。
いろんな方面にアンテナを張って、
それを感じる努力をしなければならない。

おわり。

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