8. 解離症群(Dissociative disorders)

この note では ICD-11 の精神科領域の解説を行っています。
本日は 解離症群(Dissociative disorders)を扱います。

https://note.com/psycho_lec/n/ncc0e1cf5149e

8. 解離症群(Dissociative disorders)


※最初に注意しておくと、以下①から中々理解し難い。

①解離症群は、同一性、感覚、知覚、感情、思考、記憶、身体の運動や行動の、無意識の正常の統合の断絶あるいは不連続によって特徴付けられる。②断絶あるいは不連続は完全なこともあるが部分的なことも多く、数日ごとあるいは数時間ごとに変動しうる。③解離症群の症状は、離脱も含め処方薬や物質によるものではなく、他の精神疾患や身体疾患によっても上手く説明されず、文化的に許容されるものでもない。④解離症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:① involuntary disruption or discontinuity in the normal integration … であるから、原文の方がわかりやすいということは特にない。② may be complete, but is more commonly partial であるから、やはり原文の方がわかりやすいということは特にない。「統合の断絶あるいは不連続」についての説明は、ここにはない。③「睡眠覚醒障害、神経系の疾患、または他の身体的状況」は重たい。cultural, religious, or spiritual なども一々全部訳さない。

この群には、主に以下のものが含まれる。

・6B60 解離性神経学的症状症(Dissociative neurological symptom disorder)
・6B61 解離性健忘(Dissociative amnesia)
・6B62 トランス症(Trance disorder)
・6B63 憑依トランス症(Possession trance disorder)
・6B64 解離性同一性症(Dissociative identity disorder)
・6B65 部分的解離性同一性症(Partial dissociative identity disorder)
・6B66 離人感・現実感喪失症(Depersonalization-derealization disorder)

6B60 解離性神経学的症状症(Dissociative neurological symptom disorder)

①解離性神経学的症状症は、運動、感覚または認知機能の無意識な統合の不連続を意味するような運動、感覚、または認知機能の症状によって特徴付けられる。また、それら運動、感覚、または認知機能の症状は(その患者が有している)神経疾患あるいは精神疾患、あるいは他の医学的な問題では説明がつかない。②症状は他の解離症群の間にのみ生じるものではなく、精神作用物質やその離脱症状、あるいは睡眠覚醒障害によるものでもない。

補足:①前半はひどい内容である。(訳は酷くない。)imply は「意味する」の他、「暗に示す」とか「含意している」という訳がありうるが、どれを採用しても「意味する」の意味が難しい。ここでも「無意識な統合の不連続」に対する説明はない。not consistent with は「一貫性がない」とか「辻褄が合わない」という訳でも良いが、ここでは「説明がつかない」と意訳した。recognized は「認識されている」であり、その患者で事前に判明している、という意味である。

6B61 解離性健忘(Dissociative amnesia)

①解離性健忘は重要な自伝的記憶を想起できなくなることで特徴付けられる。典型的には最近のストレスを思い出せなくなるのであり、通常の物忘れとは異なる。②この健忘は他の解離症群の間にのみ生じるものではなく、他の精神疾患によっても上手く説明されない。③また精神作用物質やその離脱、神経系の疾患や頭部外傷によるものでもない。④この症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:① autobiographical を「自伝的(自分の人生、生活史についての)」と訳すのは業界のお約束である。②③は除外診断の決まり文句だが、頭部外傷などが特別に付される点などは注意されたい。

6B62 トランス症(Trance disorder)

①トランス症は、顕著な意識の変容または同一性の喪失というトランス状態によって特徴付けられる。トランス状態では、患者は周囲の状況を断片的にしか認識できず、動きや姿勢は制限され、わずかな言葉を繰り返し話し、自分ではコントロールできないように感じる。②トランス症でみられるトランス状態では、誰か他の人格にコントロールされる体験は伴わない。③トランス状態のエピソードは反復し、もし 1 度のエピソードのみで診断がなされるならば、そのエピソードは少なくとも数日間持続するものでなければならない。④トランス状態は非自発的に生じ、本人にとって望ましいものではなく、集団的、文化的な体験として受け入れられるものではない。⑤この症状は他の解離症群の間にのみ生じるものではなく、他の精神疾患によっても上手く説明されない。⑥また精神作用物質やその離脱、疲労、入眠時あるいは起床時、神経疾患、頭部外傷、睡眠覚醒障害によるものでもない。④この症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:① alteration は「変容」と訳すしかない。古典的には解離症には「意識野の狭窄(Wundt)」という表現をしたが、こういうことを知っている人は精神科でも少なくなった。the individual’s customary sense of personal identity を一単語ずつ訳すと終わらない。一文が長く意味が取りにくいが、原文もそうである。②ここでは identity を「人格」とした。「他の同一性」だとしっくり来ないと感じた。④ involuntary は解離の文脈では「無意識に」の方が良いかも知れない。すぐ後の unwanted と結びつけて「非自発的に」とした。

6B63 憑依トランス症(Possession trance disorder)

①憑依トランス症は、顕著な意識の変容または「憑依」により同一性が置換されるというトランス状態によって特徴付けられる。この間、患者の行動や動作は憑依により支配されるように感じる。②トランス状態のエピソードは反復し、もし 1 度のエピソードのみで診断がなされるならば、そのエピソードは少なくとも数日間持続するものでなければならない。③トランス状態は非自発的に生じ、本人にとって望ましいものではなく、集団的、文化的な体験として受け入れられるものではない。④この症状は他の解離症群の間にのみ生じるものではなく、他の精神疾患によっても上手く説明されない。⑤また精神作用物質やその離脱、疲労、入眠時あるいは起床時、神経疾患、頭部外傷、睡眠覚醒障害によるものでもない。⑥この症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:6B62 との重複が多いため補足はほぼ必要ない。① external possessing identity を細かく訳す必要はなかろう。

6B64 解離性同一性症(Dissociative identity disorder)

①解離性同一性症は 2 つ以上の人格が存在することによる同一性の混乱で特徴付けられ、自我の顕著な不連続性を伴う。②それぞれの人格が、経験、知覚、解釈、自己の意識、身体、環境について固有の捉え方をしている。③少なくとも 2 つの区別される人格が反復して患者の意識を支配し、他人あるいは外部とのやり取りをしている。外部とのやり取りは、子育て、仕事などの日常生活の特定の場面でみられることもあるし、特定の状況への反応でみられることもある。④人格の交代は感覚、知覚、感情、認知、記憶運動、行動の変容を伴う。⑤典型的には健忘を伴い、しばしば重篤である。⑥この症状は他の精神疾患によって上手く説明されず、精神作用物質やその離脱、神経疾患、睡眠覚醒障害によるものでもない。⑦この症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:① disruption を、discontinuities と区別するため「混乱」とした。② pattern をここでは「捉え方」とした。「経験、…についての固有のパターン」だと難しい。③ interacting with 〜 を「やり取り」とするのは幼稚にみえるかも知れないが、「交流」だと対人的な意味合いを持ちかねないし、他に思いつかなかった。

6B65 部分的解離性同一性症(Partial dissociative identity disorder)

①部分的解離性同一性症は 2 つ以上の人格が存在することによる同一性の混乱で特徴付けられ、自我の顕著な不連続性を伴う。②それぞれの人格が、経験、知覚、解釈、自己の意識、身体、環境について固有の捉え方をしている。③ 1 つの人格が支配的で、日常生活では正常に機能しており、しかし時に他の人格(1 つとは限らない)にとって代わられる。④この侵入の影響は認知、感情、知覚、運動、行動面に及びうる。⑤他の人格の侵入は、主要な人格には妨害されるように感じられ、典型的には主人格は嫌悪を感じている。⑥主要ではない人格が反復して患者を支配することはなく、人格交代は限定的、一過性のエピソードとして起こり得る。つまり、極めて感情的な状況や自傷行為の最中、トラウマ的な記憶が呼び起こされるような状況などである。⑦この症状は他の精神疾患によって上手く説明されず、精神作用物質やその離脱、神経疾患、睡眠覚醒障害によるものでもない。⑧この症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:6B64 との重複が多いため補足はほぼ必要ない。③この文章でみられる function は動詞である。④構文は単純だが意味はとりにくい。

6B66 離人感・現実感喪失症(Depersonalization-derealization disorder)

①離人感・現実感喪失症は持続性、反復性の離人症状または現実感喪失症状またはその両者によって特徴付けられる。②離人症状は自己を奇妙または非現実的なものと体験したり、または自分が自己の思考、感じ方、感覚、身体または活動から隔離されているように(あるいは自分を観察者のように)感じるものである。③現実感喪失症状は他人、物あるいは外界を奇妙または非現実的なもの(夢のよう、遠い、霧がかかったような、生気のない、無色の、ねじ曲がった、など)と体験したり、自分が周囲から隔離されているように感じるものである。④これらの症状があっても、現実検討は保たれる。⑤これらの症状は他の解離症群の間にのみ生じるものではなく、他の精神疾患によっても上手く説明されない。⑥また、精神作用物質やその離脱症状、あるいは神経疾患や頭部外傷によるものでもない。⑦これらの症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:①この文章自体は何の説明にもなっていない。② as though (仮定法)「〜であるかのように」とする。feelings を「感覚」と訳すと後が続かないので、「感じ方」とした。辞書的には feelings には「感情」の意味もあるが、L.Dugas の提唱以来「感情の離人症」というものはない。
③ world は普通「世界」で良いが、ここでは特に「外界」とすべきであろう。

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