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新型コロナが重症肺炎になる理由

緊急事態が解除されて通常の生活が戻ったと思ったら、東京都では再び感染者数が増加に転じています。今後の第二波への推移が強く懸念されますが、改めて今回は、シンプルな疑問として

「どうして新型コロナウイルスは重症肺炎になるの?」

という部分に焦点を当ててお話したいと思います。この病態メカニズムの機序の理解は、後遺症や感染に対する理解を深める上でとても大切であると思います。このウイルス感染が普通の風邪コロナウイルスなどとは違い、生体に破壊的ダメージをもたらす事実を科学的に深く知れば、安易に感染して抗体を作ればいい、などとは決して言えなくなる筈です。

1・ぼく達の身体の血圧はRAA系システムで調節されており、新型ウイルスはこのシステムにダイレクトに作用する

先ずはじめに、ぼく達の身体を循環する血液の量、圧はレニンーアンジオテンシンーアルドステロン系というシステムで微妙に調節されていて、多くの降圧薬はこのシステムに作用します。COVID-19を引き起こすSARS-COV-2のスパイクタンパク質はその中でもACE2という膜蛋白質に強力に結合します。この結合力は重症呼吸器症候群(SARS)を引き起こすSARS-COVより遥かに強く、SARSより圧倒底に高い感染力も恐らくこのためであろうと考えられます。

2・SARS-COV-2によるACE2への結合は、RAA系のバランスを崩す。

SARS-COV-2がACE2に結合することで、本来肺で保護的な作用をするACE2のRAA系における作用に不均衡が生じ、ACE2がダウンレギュレーションされて、本来代謝される筈であったアンジオテンシンIIが過剰となり、過剰なアンジオテンシンIIは細胞受容体AT1に過剰なシグナルを送ります。ここらへんのシステムの理解はややこしいですが非常に重要なので、論文を元にちょっと図解してみたいと思います。

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ちなみに、アンジオテンシン変換酵素阻害薬であるACEIとアンジオテンシンII受容体AT1受容体阻害薬ARBは世界中で降圧薬として幅広く使われています。

3・ウイルス感染とRAA系の不均衡によるアンジオテンシンIIの上昇はサイトカインストームによるARDSをもたらす。

上述の流れから、ここが極めて重要な部分です。

ARDSとは極めて深刻な急性の呼吸不全を伴う肺全体の損傷のことですが、これまでの報告から、細胞刺激に肺保護作用のあるACE2を欠如させたら、深刻なARDSを来たして炎症反応性サイトカイン群(IL-1β, TNF-α)を放出することは動物実験レベルで報告されていました。章題の論文から、ウイルス感染とアンジオテンシンIIによる細胞刺激が相互増幅的に炎症性サイトカインであるIL-6を産生し続け、その結果サイトカインストームが引き起こされてARDSを来たす、と提唱されました。実際、多くのCOVID-19症例でIL-6が上昇していますし、死後病理解剖所見報告からも、非常に高率で肺全体のARDSによる破壊が認められています。

特筆することは、驚くべきことに、死後病理所見で33/38ものケースで、肺血管内に血小板・フィブリン血栓が認められたことです。これは患者の死因を調べるために行われた解剖研究で、高率に深部静脈血栓が認められた知見とも平仄が合います。

ARDSは重篤な急性期の呼吸不全を伴う肺損傷で、後に一部寛解することもありますが、持続的な低酸素血症を伴う線維性肺胞炎が進行し、肺胞死腔(肺で酸素交換が出来ない部分)が増大し、肺コンプライアンス(易しく言うと、肺の膨らみやすさ)が低下して、呼吸機能の著しい低下の後遺症を来たす極めて深刻な病態です。最近少しずつ報告されているCOVID-19の後遺症も、これらの帰結を反映していると言えます。

COVID-19の病態は肺に止まりませんが、「新型コロナウイルス肺炎」の肺炎の部分の本質は上記であり、おまけに少なくない頻度で二次性の細菌性肺炎や真菌感染も起こすので、より厄介です。これらの知見から、

すなわち、新型コロナウイルスは重篤化するとサイトカインストームを伴う極めて深刻なARDSを高い頻度で来たし、かつ肺(心臓や脳など他臓器にも)に血栓・塞栓を来たす極めて危険なウイルスである、と言えます。

アンジオテンシンII上昇がもたらす病態は血管内皮障害、血栓形成、血管平滑筋収縮など極めて多岐にわたりますが、肺炎に限らず、このウイルスの全身性疾患の中核に、この機序が深く関与していると考えられます(ウイルス感染の主戦場は血管そのものの可能性)。ちなみに、SARS-COV-2が細胞内に侵入するためにはACE2への結合と共にTMPRSS2という蛋白質分解酵素の作用が必要ですが、この酵素の阻害薬は一般薬として既に日本で承認されており、今後治療薬候補にもなり得ます。

4・風邪とは違うのだよ、風邪とは、、、

新型コロナウイルスが国内で蔓延する初期には、インフルエンザと大して変わらないとか、コロナウイルスは普通の風邪のウイルスだから、このウイルスも風邪のウイルスと変わらないとか、随分あまた目にしましたが、今でもそういう文脈での理解や発言は少なからず目にします。同じコロナウイルスでも、ACE2結合能力をSARS-COVよりさらに飛躍的に高めたこのウイルスがどれだけ深刻で恐ろしい病態を引き起こすか、科学的知見の事実を元に紹介させていただきました。拙い文章で恐縮ですが、十数年前の医師人生の最初を呼吸器内科(毎晩数名の方のお看取りが已みませんでした)とARDSを治療の過程で来たす確率が少なくない血液内科で過ごした者として、これがどれだけ恐ろしいことか、僅かでも実態をお伝えすることができたら幸いです。

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「太陽と死は直視できない」ーラ・ロシュフーコー

出口はなかなか見えず、しかし、安易な楽観論が表向き幅を利かせ、検査拒否が横行し、正確な疫学死亡統計を把握することが極めて困難なこの国の現状を強く憂います。パンデミックを制御するか、しないか、今我々は歴史の審判の前に立たされているようにも思います。一人でも犠牲になる人がいなくなることを祈りつつー














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