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心理学者人物列伝その5 ジークムント・フロイト

フロイト

「無意識」の発見により、心理学や精神分析、さらには人類の歴史に大きな足跡を残したジークムント・フロイト。この記事では、そんなフロイトの生涯や人物像、エピソードについて解説しています。フロイトをすでにご存じの方や、初めて聞いた方も興味深い話が盛りだくさんですので、ぜひ最後までご一読ください。


精神分析の父、ジークムント・フロイトの生涯


精神分析のみならず、心の問題に多大な貢献をしたジークムント・フロイトはどのような生涯を送ったのでしょうか。以下では、彼の時代ごとに、わかりやすく紹介します。

幼少期と学生時代 - 好奇心旺盛な少年の成長

1856年5月6日、オーストリア帝国の小さな町フライベルクで、ジークムント・フロイトは生まれました。8人兄弟の長男として生まれた彼は、幼い頃から頭の良い子供として目立っていたそうです。3歳の時にウィーンに引っ越した後も、その知的好奇心は衰えることがありませんでした。

学校では優秀な成績を収め、とくに言語の才能が際立っていたようで、ドイツ語はもちろん、フランス語、イタリア語、スペイン語、英語、さらには古代語のラテン語とギリシャ語まで習得しています。そして語学力は、後の研究生活でも大いに役立つことになります。

8歳のフロイト、父ヤコブと

17歳でウィーン大学に入学したフロイト。医学部で学びながら、生物学や哲学にも強い関心を持ち始めます。なかでもダーウィンの進化論に魅了されたフロイトは、人間の脳や心の仕組みに興味を抱くようになりました。大学時代には、カエルやヤツメウナギの脳を人間の脳と比較する研究にも取り組み、科学者としての基礎を築いていったのです。

医師としての道 - 新しい治療法への挑戦

1881年にウィーン大学を卒業したフロイトは、ウィーン総合病院で医師としてのキャリアをスタートさせました。当初は神経系の病気を専門に研究していましたが、次第に「心の病」に興味を持つようになります。

そして1885年、フロイトは奨学金を得てパリに留学。そこで出会ったのが、著名な神経学者ジャン=マルタン・シャルコーです。シャルコーは、ヒステリーの研究で知られており、その治療に「催眠術」を用いていました。フロイトはこの新しい方法に大きな可能性を感じ、熱心に学び始めます。

シャルコーの元で学んだフロイトは、ウィーンへ戻ったのちにみずから診療所を開き、催眠術を使った治療を始めます。しかし間もなく、催眠術の限界を感じるように。そこで彼が考え出したのが、「自由連想法」という画期的な方法でした。「自由連想法」とは、患者さんに頭に浮かんだことを自由に話してもらう方法であり、これにより、フロイトは患者の心の奥底にある悩みや葛藤を探ろうとしたのです。

シャルコーの授業

精神分析の誕生 - 心の謎を解き明かす

そしてなおもフロイトは研究を継続し、やがて人間の心に対する理解を大きく変えることになります。それが有名な「無意識」の発見です。彼は人間の心には「無意識」という、自分でも気づいていない部分があると考え、この無意識こそが、私たちの行動や感情に大きな影響を与えているという結論に至ります。

なかでも、フロイトが注目したのが「夢」でした。夢の中に無意識の欲望や恐れが現れると考えたフロイトは、夢の解釈を重要視しました。その後1900年に出版した『夢判断』は、彼の代表作の一つとなります。

また、フロイトは子供の頃の経験が大人になってからの性格や行動に大きな影響を与えると主張しました。とくに両親との関係が重要だと考え、「エディプス・コンプレックス」という概念を提唱。これは、男の子が母親に愛着を感じ、父親をライバルと見なすという理論です。

さらに、人間の心を「イド(本能的欲求)」「自我(理性的判断)」「超自我(道徳的判断)」の3つの部分に分けて説明する理論も発表しました。これらの考えは、当時の社会に大きな衝撃を与え、多くの議論を巻き起こしています。

論争と批判 - 新しい考えへの反発

フロイトの斬新な理論は、多くの人々の反発を招きました。とくに、子供にも性的な欲求があるという考えは、当時の保守的な社会では到底受け入れ難いものでした。さらに、医学界からも批判の声が上がり、フロイトの理論は「非科学的」だと攻撃されることとなります。

しかし、そんな批判にも屈せずフロイトは研究を続け、いつしか彼の周りには共に研究する仲間も集うようになったのです。1902年には「水曜会」という研究会を立ち上げ、定期的に議論を重ねていきました。

このメンバーには、後に有名になるカール・ユングやアルフレッド・アドラーといった人物もいました。ユングは、フロイトが後継者として期待を寄せた人物でしたが、やがて無意識の捉え方などで意見の相違が生じ、1913年に決別することになります。この出来事は、フロイトに大きな衝撃を与えましたが、それでも彼は自分の信念を曲げませんでした。

前列左がフロイト、右がユング

晩年 - 苦難を乗り越えて

第一次世界大戦後、フロイトは個人的にも社会的にも多くの苦難を経験します。1920年には愛娘のゾフィーを、1923年には最愛の孫ハイネルレも亡くなりました。これらの経験は、フロイトの死生観に大きな影響を与え、やがて「死の本能」という概念の形成につながります。

さらに1923年、フロイトは口腔がんと診断され、以後、30回以上もの手術を受けることになり、発声器具を装着しての生活を強いられることに。しかし、そんな中でも研究や執筆活動は続けられました。

経済的にも困難な時期があったものの、海外からの支援や弟子たちの援助によって乗り越え、1930年代には、フロイトの名声は世界的なものとなり、多くの文化人が彼を訪ねるようになります。作家のトーマス・マンや画家のサルバドール・ダリなども、フロイトと交流を持った人物の一人です。

ナチスの台頭と亡命 - 最後の挑戦

1938年、ナチス・ドイツがオーストリアを併合すると、ユダヤ人であるフロイトは危険な立場に立たされます。当初、故郷を離れることを拒んでいたフロイト。しかし、友人たちの懸命な説得と、娘アンナの逮捕という事態を受けて、ついにイギリスへの亡命を決意。

83歳という高齢での亡命は、当然ながらフロイトにとって大きな決断でした。しかし、ロンドンに到着すると彼は熱烈な歓迎を受け、新しい環境にも素早く適応し、最後まで研究と執筆活動を続けたのです。

がんとの闘いは続いていましたが、フロイトは痛み止めの使用を最小限に抑えつつ、研究のためできる限り明晰な思考を保とうと努めたといいます。そして1939年9月23日、口腔がんのため、83年の波乱に富んだ人生に幕を下ろしたのです。

亡命するフロイト、娘アンナと

ジグムント・フロイトの豆知識・エピソードは?


学問的業績はもちろん、フロイトには興味深いエピソードが数多く残されています。
今回はその中から、彼の人物像を物語る豆知識・エピソードを3つ見てみましょう。

大のタバコ好きだった

大のタバコ好きとして知られるフロイト。20代半ばでタバコを吸い始めた彼は、やがて葉巻にも手を出すようになります。以降、1日に20本もの葉巻を吸うほどになり、喫煙が生産性と創造性を高めると主張し、友人や医師の制止にも耳を貸さなかったのだとか。
しかしこれが災いし、1923年、口腔がんに冒されます。手術のために顎の大部分を切除し、生涯で行った手術の回数はなんと33回にも及んだそうです。
最終的に人工の顎を移植しましたが、それでもタバコはやめることはありませんでした。

名著『夢判断』は当初全然売れなかった

現在でこそ、心理学や精神分析を学ぶ上で必読の書とされる『夢判断』。日本でも早くから翻訳され、フロイトの思想を理解する上での指南書として読み継がれています。そんな名著『夢判断』ですが、1900年に出版された当時はわずか600部ほどしか印刷されず、しかも完売に8年もの歳月を費やしたのだとか。また、出版当時のフロイトは学会からも孤立し、孤独に苦しんでいたとのこと。

その後、ユングやアドラーなどがフロイトの元に集い、徐々に国際的な支持が高まったものの、偉大な学者にもかなり長い期間悪評があったのは意外な事実ですね。

ウィリアム・ジェームスの生き様に感銘を受ける

1909年、弟子ユングと共にクラーク大学20周年式典に出席し、博士号を授与されたフロイト。
このときに出会ったのが、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズでした(小説『ユリシーズ』の作者としても知られる)。

そんな二人が道を歩いていたときのこと。
突然ウィリアム・ジェームズが心臓発作を起こし、フロイトに自身のカバンを預け先に行くように促します。死の危機に瀕しながらも、相手を気遣う態度を見たフロイト。ジェームズの態度に感銘を受けた彼は、これ以降、自分の死に際にあっても毅然とした態度でいようと心に誓ったと言われています。

まとめ、フロイトの遺産 - 現代に生きる精神分析

フロイトの死後80年以上が経った今も、彼の理論は心理学や精神医学に大きな影響を与え続けています。また、フロイトの影響は医学の枠を超えて、文学や芸術、哲学にまで及んでいることも忘れてはなりません。たとえば、シュルレアリスムなどの芸術運動は、フロイトの無意識の理論に強く影響を受けていますし、「フロイト的失言」という言葉が示すように、日常生活の中にも彼の理論が反映されています。

批判や苦難に直面しても、自分の信じる道を歩み続けたフロイト。彼の姿勢は、今を生きる私たちにも大切なメッセージを投げかけているのではないでしょうか。

フロイトの理論については、『心理学【カレッジ版】』(医学書院)にて詳しく解説しています。こちらも併せてお読みいただくと、より一層、心理学への理解が深まりますよ!
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