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臆病者が自由を手に入れた話でも聞いてみないかい【一話】

家族連れやカップルの声、色々な言語が飛び交うビーチで寝転びながら漠然と思考を巡らせる。
十年。
その男の人生の分岐点は定期的に訪れる。
現在四十歳。
長年勤めた会社は一年前に退職した。


自動ドアが開くとともに熱気と湿度が肌にまとわりつく。
大きなスーツケースを引いた人々が、いつもよりも声のボリュームもトーンも上がっているのだろう、楽しげに行き交っていた。
羽田から約三時間。
那覇空港のモノレールへ繋がる連絡通路への出口に立った。


毎年一度は旅行で訪れていた沖縄も、新型コロナウイルス感染症の蔓延で三年間の間が空いていた。
いつもは五日間という期限付きの来島だが、今回は復路のチケットは手配していない。

自由を手に入れた。
何処へ行くにも、何をするにも時間も場所も自由だ。

もう出勤のために早起きして満員電車に乗る必要も、渋滞に巻き込まれることも無い。
上司や顧客、部下からのストレスを感じることも無い。
実感の湧かない、漠然とした高揚感が胸を躍らせていた。


やってみたかったこと。
那覇のせんべろをハシゴして酔い潰れる。


国際通り沿いの安いビジネスホテルを、とりあえず一週間手配した。
チェックインの時間にはまだ早い為、一旦荷物だけをフロントへ預ける。

ゆいレール県庁前駅で下車し、パレットくもじのエスカレーターを降り、国際通りの入り口を見上げる。
あんな大型モニターあったか。
VTuberのようなキャラクターが大音量で叫んでいた。

流石は沖縄一の観光名所、いつも賑やかに迎えてくれる。
三線の音色が、建ち並ぶ店舗から複数の曲が流れて最早何を聴いているのかわからない。
まずはホテルを目指しまっすぐ歩いた。


ホテルのスタッフに荷物を預け、再び国際通りに出る。

そういえば腹が減った。

酒を飲む前に、とりあえず昼食をとろう。
定番の店ではあるが、いちぎん食堂を目指す。

ゴーヤーチャンプルーと輝く三つ星、オリオンビールの食券を購入。
早速ジョッキが運ばれてきた。

一気に半分流し込む。
真昼間の食堂でサラリーマンに囲まれながら。
オリオンビールを飲む最高のシチュエーションではないだろうか。
あっさりとしたほろ苦いゴーヤーチャンプルーで三杯流し込み退店。

心地よいほろ酔い加減で歩き出す。

腹減ったな。

まだお昼、目的のせんべろの店は午後五時からだ。
とりあえず国際通りに戻り、宮古そばの名店、どらえもんに入店。

宮古そばとオリオンビールの食券を購入。
四杯目のオリオンもまた美味い。

どらえもんの宮古そば。
しっかりした鰹出汁、もちもちの麺をすすると風味が鼻腔を抜ける。
美味い。ビールもすすむ。
しっかり三杯飲んで退店。

一旦ホテルに戻って休もう。


ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。

幸せだ。
未だ実感は湧かないが自由なんだ。

一つ申し上げておくが、宝くじに当選したわけでも、莫大な遺産を相続したわけでもない。

キャッシュポイントを増やし、固定、変動支出を徹底的に絞る。
適切な投資。これは機会にも恵まれた。
不謹慎な話だが、世の中は新型コロナウイルス感染症で大混乱だった。
金融市場ではバーゲン価格で株式が売買されていた。

投資に関しては自分でもよく勉強したと思っているが、ただただうまく時流にのれただけ。
そんなものだ。


まだせんべろの開店まで時間がある。
少し寝ようか。

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