挫折経験を聞く

「学生時代の挫折した経験と、それをどう乗り越えたかについて教えてください」

ご存知、就職面接における超頻出問題だ。センター試験数Bの漸化式くらいの頻出度である。人事がこれを聞く理由の「一般論」とその問題点、それでもなおこれを聞くべき理由、そしてどう答えればよいかについて分析したい。

★一般論とその問題点

一般的に言われるのは、その人が会社に入って挫折したときにどう対処するのかを知りたいという理由である。なるほど会社に入れば厳しいことも多く、少しの挫折で辞められては困ってしまうため、これを聞くのは非常に合理的だ。そのため答えは再現性のあるものの方が良いと言われる。「飲食店のアルバイトで店長とうまくいかなかった」であったり、「学園祭の実行委員でチームの輪が崩壊してしまった」であったり。仕事の場でもありうべきシチュエーションを答えた方がウケが良い。そしてその乗り越え方については、変えられないものを甘受した上で、変えられるものを見つけ、変え方を追求したものである方が良い。要は周りの人や環境は変えられないので、自分自身の意識・やり方・コミュニケーションの取り方などを変えた結果、周りに良い影響があったというエピソードが100点である。

これの問題点は明らかである。「乗り越えられた」挫折など挫折ではないということと、再現性のある挫折などないということだ。仕事のシチュエーションを想像していただきたいが、自身のやり方を見直して創意工夫する程度のことは挫折ではない。ただの日常だ。これが聞きたいなら、「学生時代に周囲との関わりの中で自身のやり方を変えたエピソードはありますか?」が芯を食った質問である。挫折とは、「外資系コンサルに入社したが周りのレベルについていけずクビになった」とか、「製造畑では優秀な成績だったが、営業に異動になった瞬間必要な能力が変わって全く仕事ができなくなった」とか、「人間関係に悩み、鬱になってしまった」ということだ。つまり、発生した事象に対して個人の創意工夫では解決できないものを挫折と言い、これが起きたときに個人が採ることのできる手は「乗り越える」ことではなく「飲み込む」ことである。言い換えれば「諦める」ことである。そしてこのような事象は往々にしてマネジメントの失敗でもあるので、個人から見ると挫折だが、会社から見たときは失点である。失敗としては双方向的なものだ。

新卒のフィールドで、この類の挫折を感じたことのある学生はそう多くない。だから学生は安心して良い。大体の会社は自分のやり方を変えたエピソードで十分だと思っているので。

★それでも聞きたい挫折経験

ここまで、挫折の捉え方が間違っていると話をしてきたが、それでも私は挫折経験を聞きたい。その理由とは。

私の言うところの「本当の挫折」が起きたとき、人は深く自分と向き合う。挫折は多くの場合自分の理想と現実に大きなギャップがあることによって引き起こされる。調子の良いときは理想を追いかけ続けていても車輪は回る(むしろ理想を追いかけた方が動きが良い)が、挫折したときはその理想が崩壊しているため、それでも人間の原動力になるのは現実の自分の能力に即した自身の生き方の言語化である。そのため自分とは何者かということを必死で探そうとする。

私は鬱で一年間休職した経験がある。理想を追いかけ続け、いつも優秀と言われていた自分からすると大きな挫折だった。私はこの長い休職期間中、とにかく自分と向き合い続けた。実際には最初の半年は何も手につかなかったが、後の半年は自分のことを見つめ続けた。そして自分の生き方に対してある一定の解を見出すことができた。それが見つかったとき、これまでの人生にないくらいに視界がひらけたことを覚えている。

私が出会った学生に、大学までバレエを続けており、プロダンサーになる夢を持っていた男子学生がいる。だがそこは厳しい世界。一握りのプロの世界にあと一歩及ばなかった。彼とこの経験について語り合ったとき、どう乗り越えたのかを聞いた。彼は乗り越えられていないとはっきり答えた。きっと一生引きずると。ただ、次に描く夢は絶対に叶えたいんだと熱い眼差しで語った。「プロダンサーにはなれなかったけど、ビジネスの世界でプロになります」と言った。彼は挫折経験をそのまま飲み込み、次に進む原動力にしていた。彼は、自分のいる世界でとことん戦える人間だと自己分析していた。そして負けを認められはしないが、飲み込んで次に進む原動力にすることができることが分かったとも言っていた。そんな彼に私から贈った言葉がある。「それをきっと覚悟と呼ぶんだ。君は覚悟ができる人間だ」と。

私が聞きたいのはここである。自分と向き合った経験、自己分析の深さ、生き方の言語化、そして覚悟の強さ。 これらのきっかけになるのが挫折なのである。だから挫折経験を聞く。

エピソード自体は挫折経験に見えても、その後に自分と向き合えていない人はいる。平たい乗り越え方など聞きたくない。それは目を背けたと同義だ。「挫折をそのまま飲み込んで、自分の人生観が次のステージに上がったと認識できるような深い自己分析をした」という話と、その自己分析の結果どんな生き方がしたいのかを聞きたいのである。

少し飛躍するが、日本人は生きることに急ぎすぎだ。一年くらい何もせず自分ととことん向き合う時間を作るくらいの余裕があった方が良い。

★では、どう答えれば良いのか

上でも言ったが、そもそもそのような経験をしている人が少ない。だからないものはないで良い。ただ、相手が挫折という言葉をどう使っているのかというリテラシーは必要だ。日頃の創意工夫を答えれば良いのか、自身の覚悟まで伝えないといけないのか、それは場面によって変わってくる。前者の場合、さすがに0回答はまずい。後者の場合、真実を言っても相手は納得してくれる。当社はそうだ。ないものはないと言ってくれたら、「そりゃ学生の内からそんな経験してないわな」と納得して次の質問に移るだけ。ほかの質問で自己分析がしっかりできていれば別に何も言わない。

面接は何でもかんでも聞けば良いというものではない。そして何でもかんでも答えれば良いというものでもない。挫折経験はこう答えれば良い!みたいなバカバカしいシューカツ本に惑わされないでほしい。人事も学生も。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?