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ゲームストップ株騒動の基礎知識(5)  証券会社が取引を止めるとき

wsbに集い、みなでGME株を買うことに賛同したのは実に多種多様な人たちだったのだろうと思われますが、今回の一連の動きについてはその背景に、08-09年の金融危機に端を発する貧富の差の拡大があると言われています。

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上記はwsb上でバズった投稿ですが、今回のGME株押し上げは、金融危機時に職や住まいを失って2度と立ち直ることのなかった父親のための弔い合戦だというのです。

格差が社会問題化したのは最近のことではありませんが、アメリカ社会はその貧富の差が拡大するあまり、緊急時に必要な数百ドルの蓄えを持たない人口が相当の割合にのぼるとされています。

もちろん日本も人ごとではありませんが、トマ・ピケティがベストセラーとなった「資本論」で解説したとおり、労働より投資のほうが儲かるという状況がアメリカでは事態に輪をかけてしまっています。

今般のコロナ対策もそうですが、過剰流動性の供給は常にアセット価格を押し上げる方向に働きます。これはつまり、アセットを所有できる人が得をするということです。アセットを持たない人は相対的に損をする。

そもそもアメリカは株価が極めて好調に、長期的な上昇を続けてきました。特に最近10年の上昇率は過去に例をみないペースになっており、株を買えない状況の人には、それが資産形成上、大きなデメリットになっています。

極端な例をあげるとすると、たとえば未公開会社の株式です。このところのテック業界の隆盛を考えると、なぜプロだけがそういう投資に入れるんだ、一般個人だって1万円から買えるようにしてくれなきゃますます貧富の差は広がる一方じゃないか、というような声があったっておかしくないわけです。

Robinhoodの買い注文受付停止の余波

さて、1/28にRobinhoodをはじめとする新興証券会社の何社かが、GMEその他の高騰銘柄について買い発注を受付停止の制限を発動しました。これが詳細な理由の説明がなされぬまま顧客への一斉メールでアナウンスされたため大変な批判を呼び、あっという間にRobinhoodは一般大衆を見捨ててエスタブリッシュメントの側についた裏切り者だ、という声が巻き起こります。

買い注文だけを止めれば株価が暴落するのは当然で、1/28のGME株は44%もの暴落を喫します。前日買った人があわてて売ったとすればそこで大損したことに。もちろん、最終的に株価は本来の株価に収斂していくものですから、一時的な価格というのは市場参加者間での利潤の移動をもたらすに過ぎません。市場参加者全体の利潤を上げたり下げたりしたわけではないのですが、不要な株価変動を生んだという意味では、一方では儲けた人を生み、一方では損した人を生んだといえるでしょう。

明日の公聴会にはいくつかのメインテーマが設定されており、そのうちのひとつがこの、買い注文の受付停止についてということになっています。特に注目されているのがRobinhoodとCitadelの関係で、ひょっとしてRobinhoodはCitadelからの要請あるいは圧力を受けて受付停止措置に踏み切ったのではないか、という憶測がまことしやかに流れています。

RobinhoodのCEOであるVlad Tenevは矢継ぎ早にCNNとCNBCにテレビ出演し、続いてClubhouseでElon Muskのインタビューを受け、そしてChamath PalihapitiyaやJason Calacanisが運営する人気YouTube番組に出演します。回をこなすにつれてだんだん受け答えがうまくなっていくのですが、この措置は決済機構に対する保証金が支払えなくなる恐れがあるため予防的に取らざるを得なかった措置だという説明をしています。

最も具体的な説明は、Clubhouse上で行われたElon Muskによるインタビュー(?)でした。上記でその全てが公開されており、英語の練習をかねて聴いてみることをおすすめしますが、これによれば、1/28 3am、証券決済機構であるNSCCから翌日の保証金額が$3bであることの通知が舞い込みます。

CEOのVladは寝ていたそうですが、担当者からの連絡を受けて仰天します。なぜなら、普段の保証金は$300m、10倍の額ともなると、手元にそんな現金はないからです。

当初の$3bはその後、NSCCとの交渉により$1.4bに引き下げられ、相場が開く1時間前にはGME株の買い注文受付停止を決めたことにより$700mで決着。その額なら手元資金で賄えるということで難を逃れたということです。

この$3bという金額ですが、一体どのようにして決められているのでしょう?NSCCというのは民間企業ではありますが、いわば公的インフラ事業を行っており、保証金の計算方法についても詳細に公開しています。

RULES & PROCEDURES - DTCCwww.dtcc.com › Downloads › legal › rules › nscc_rules

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上記資料のProcedure XVというのがその該当箇所になるのですが、基本的なコンセプトはこうです。

株式の取引はとある日に約定した売買について、その決済を2営業日後に行うことになっています。通常、顧客の側からしたら証券口座に必要なお金が入っていなければ株を買うことはできないものですが、こちらの買い注文に対して売ってくれた相手方というのは実は、こちらがお金を持っているかどうかは一切確認することなく、OKじゃあこの価格で売るね、と合意してくれているのです。

取引は極めて高速に瞬時で決まって行きますから、毎回お金の確認なんてやってられないのですね。口座に十分な代金があるかどうかのチェックはあくまで証券会社と顧客の間で行われることで、実際に証券取引所において売買を行う証券取引所の会員企業同士(ここでは証券会社)で行われていることではないのです。

しかし決済は2日後です。その2日間の間になにがあるか分かりませんから、一度約定した売買は確実に受け渡しが行えるよう、決済機構が証券会社に保証金を差し入れ義務を課しています。

そこで必要となる金額はこうです。最悪、株を売った側は、買い手にお金がない場合、どうするでしょうか?売った株を取戻せばよいように思いますが、それではいけません。なぜなら、$100で約定していた株について、決済前にひどい事件が起きて、翌日の株価が$50になってしまったとします。買い手がお金がないからといって売買をなかったものとしてしまうと、売り手にとっては大損です。一度約定したものは、その約定価格の金額を手に入れられるようにしなくてはダメなのです。

ですから、売り手は買い手に対し、その株を売った代金と、足りない分は自分でなんとかして約束の$100を帳尻あわせて出せるようにしておいてくれ、と言う訳です。その「足りない分」が保証金ということでして、具体的には2日間で発生しうる株価下落幅を、標準偏差2以上の確率つまり年6回未満しか起きないレベルで考えた金額と定められています。

T+2ということは、未決済の残高は2日分のトレードの合計額ということです。そして、株の売り注文はお金をもらう側ですから、保証金の計算に使うのは、買いの約定代金と売りの約定代金の差額ということに。

詳細はあまりにテクニカルなので割愛しますが、手元でざっくり計算してみたところ、$3bという数字はそこそこ妥当な想定をおいて弾いたとき、そのくらいになりそうだと思いました。

分かりやすい言い方でいうと、GMEは過去1週間で株価が10倍になっていたため、1/28以後の2日間で74%も反落する可能性があり、過去2日間の買いの約定代金がネットで$4bだった場合にその下落額を賄うのに必要な金額といえば 4 x 0.74 = 3 ビリオンダラーだったというわけです。

その$3b、顧客は発注前に証券口座に入れてなきゃ買えないよね、と思われると思うのですが、実は証券会社というのは顧客のお金は信託口座に預け入れ、業務に使うお金とは完全に分別管理する義務を負っています。銀行と違いお客さんのお金を勝手になにかに使ってはいけない仕組みになっており、NSCCへの保証金は証券会社自身のお金を差し入れる必要があるのです。

このあたり、RobinhoodはInstant Depositというすごい仕組みも持っていてそれが原因なのかと勘違いしてしまいそうになるので注意です。アメリカでは日本のように銀行からの送金がすぐに届きません。場合によっては5営業日もかかることがありますが、Robinhoodは口座開設したらものの数分で最初の取引ができるよう、$1000を上限に入金前の間の資金を融通しているのです。もちろん取りっぱぐれもあるそうですが、そこはマーケティングコストとして呑んでいるとのこと。

PFOFについてひとことだけ

そんなわけで、公聴会でどのようなやりとりがなされるかは待たれるところですが、数字自体はそうおかしなものではないなと見ています。一方、注目を集めるのはRobinhoodとCitadelとの関係です。

Citadelというのは世界的に有名な巨大金融機関でして、その中核は元々ヘッジファンドだったところ、今や幅広く様々な分野に進出しています。Robinhoodは委託手数料無料を謳う証券会社ですが、これがなぜ収益をあげられるかというと、顧客が発注した注文を証券取引所ではなくCitadelなどとの取引で成立させているからです。

https://www.amazon.co.jp/-/en/Michael-Lewis/dp/4167913402

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HFT(高速取引)も運営するCitadelは、株やオプションの売買の相手方として自分たちを選んでくれた場合、100株あたり20-60セントのリベートを証券会社に支払っています。Robinhoodにとってみたらこれはとてもおいしい話。なぜなら、もし証券取引所で約定させていたら、注文種によっては30セントの支払い、注文種によっては20とか25セントの受け取りと決まっており、それらが半々の設定になっているため、ネットでは必ず胴元である証券取引所にお金が流れる仕組みになっているからです。

考えてみたらこれは当たり前の話で、証券取引所にしても運営費用を賄うための収益が必要です。とある売買について、片方から30セント受け取り、反対側に少し少ない金額を渡すことで、取引ごとに証取はチャリンチャリンと小銭を受け取ります。

ところがRobinhoodの相手方は注文種に関わらず20セント以上を支払います。彼らは証券取引所とは異なり自ら取引の相手方になるわけですが、PFOFの有無に関わらず同様のマーケットメイクでその原資を賄っているとは考えにくいのです。

PFOFは英国では利害相反があるとして禁止されています。米国では認められていて多くの証券会社が行っているのですが、開示が必要とされており、下記がその資料、SEC Rule 606です。しかしこれ、普通にRobinhoodで口座開設して取引するカスタマージャーニーフローとは全くつながらないところにリンクがあり、ほとんどの顧客の目には触れていないんじゃないかと思います。

HFTに興味のあるかたは、上記リンク先の本を読んでみることをお勧めします。著者マイケル・ルイスはブラピ主演で映画にもなった「マネー・ボール」の原作者だといえばピンとくる人も多そうです。前出のクリスチャン・ベールが出ている映画もこの人の本が原作で、金融テーマの世界的ベストセラーを連発させる人気ノンフィクションライターです。

フラッシュ・ボーイズが紹介した世界が注目を集めたのは、NBBOつまりベストビッドアンドオファー自体への影響までもがテーマにあがるからです。RobinhoodのVlad Tenevは先週からPFOFの正統性について理解を深めたいとしてブログ掲載やツイートをしはじめましたが、掲載内容をみる限り、彼自身もひょっとするとその本質は理解していないのかもしれません。

憶測の背景は

買い注文の受付停止とこの話とがどのように繋がるのかというと、CitadelはなんとMelvin Capitalに$3bを注入した大手2社のうちの1社なのです。そして、HFTというのは今回GMEで発生したような、一方的でモデリングが通用しない相場展開になると儲けられなくなります。(これは以前日経新聞にも登場したクリスティーナ・チーさんがClubhouseで解説していました。)

よって、Melvin Capital の持分を極めて有利な条件で手に入れたCitadel がなんらかの形でRobinhood を買い注文停止措置に追い込み、GME株の更なる高騰を防いだのではないかという憶測が生まれているというわけなのです。


プロ投資家同士の世界では、敵の敵は味方かもしれないが、味方の味方は味方じゃなかったり、利害関係が必ずしも一筋縄ではいかない状況はよくあります。投資家としては顧客の資金に責任を負う立場にあるため、顧客との間での利害相反については法律上厳格な規制がかかりますが、Aという事象が起きたときに儲かる案件Xと、損する案件Yとが同時に存在しているということはままあります。このときAが天から降ってくる事象ではなく、自らの行為に影響を受けるような事象の場合は、Xの担当者とYの担当者は社内で利害相反を持つことになりますが、そのこと自体が問題になるというよりも、会社として方針を決めていくことになるでしょう。交渉の絡む案件なら、ポジションを利用してどちらかを有利にすすめるようなこともあるでしょう。

問題はそれが相場を変動させるような結果を生んだり、消費者を巻き込んだ事態を引き起こす場合です。個人的に今回の件、Citadelがダイレクトに買い注文を止めさせたなんてことは考えられないと思いますが、公聴会では相応の時間がこのトピックに費やされることになりそうです。


おまけ:ネット上に流布する情報の中に、CitadelはGME株のショートポジションも持っていたというものがありますが、下記の13Fを見て考えてみることをおすすめします。こちらは2/16にファイリングされた12末時点のポジションですが、ヒントは、オプションの株数とはどういう意味なのか、です。

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