先人の知恵からうまれた、生きている橋

translated by Kaisei Iwagami (written by Zinara Rathnayake : https://www.bbc.com/future/article/20211117-how-indias-living-bridges-could-transform-architecture)


 数世紀にわたって、インド北東部に住む先住民たちはインドゴムノキをそのまま用いて複雑に絡み合った橋を生み出した。この先代から伝わる技術が今ヨーロッパで注目されている。

 ティルナの村々にスコールが降り注ぐ雨季が訪れると、サイリンダ・サイエミリはどうどうと流れる川を渡るために村から一番近い橋を使う。その橋はコンクリートや鋼鉄製の一般的なつくりの橋ではない。代わりに、川岸に根付いている大きな一本のインドゴムノキでできており、複雑に絡み合い、織りかさなっている気根が橋の役目を担っている。その見た目もさることながら、同時に生態系を維持するのにも役立っている。

 ティルナ村は、インド北東部のメガラヤ州、ベンガル平野のちょうど真上に位置しており、こうした橋が他にも数百と存在している。何世紀にもわたって、先住民のカシ族やジャインティア族のコミュニティーは、雨季になると氾濫する川を渡るためにこれらの橋を活用していた。「我々の先祖はとても頭のいい人たちでした。川がわたれないとなると、Jingkieng Jri──生きている橋──を作り上げたのです」とサイエミリは話してくれた。

 メガラヤ地方には世界的にきわめて降水量の高い地域がいくつか存在する。マウシンラムは地球上でもっとも雨の降る場所であり、年間降水量は11,871mmにも及ぶ。──仮にこの量が一度に降れば一般的な3階建ての建物が余裕で水没する。ソウラ近辺がついで世界第2位であり、年間降水量は11,430mmである。6月から9月にかけて、ベンガル湾から北に向けて季節風が起こり、バングラデシュの湿原帯を通り抜ける。その気流がメガラヤ地方の丘陵帯にぶつかると、雨雲に変化する──そうして豪雨が起こるのだ。

 雨季の豪雨によって、定期的に周囲の町との分断を余儀なくされていた、僻地に位置するサイエミリの祖先の村は、インドゴムノキの気根を、氾濫する川をまたぐ橋のかたちに矯正した。

 研究者はこの生きている橋がその土地独自の気候変動に対する復元力をもつ、ひとつの例として注目している。橋としての役割はもちろん、観光客を惹きつけ、住民の収入源としても一役買っている。そのうえ、周囲の環境を改善する効果を持ち合わせていることが判明した。気候変動に対して近代都市がさらに順応するうえでこの独自の有機的建造物という考えが役に立つ、と科学者たちは期待している。

 生きている橋を作るのには数十年に及ぶ作業を要する。インドゴムノキの苗木を──メガラヤ州の亜熱帯環境下でとてもよく育つ──橋を架けるのに適した川岸に植えることから始まる。初めにインドゴムノキは大きな板根を伸ばしていき、およそ10年が経つと、成熟した樹は次に気根をより高い位置から成長させていく。この気根には弾性があり、安定した構造をとるため絡み合うように成長する特性がある。

数世紀にわたって改良されてきた方法によると、カシ族の大工たちは、竹か、もしくは他の木材でできた足場に気根を編み込んで、川を横断するように導き、最終的に向かいの岸に植えこむ。時間が経つにつれ、その気根は短く、太くなり、さらには娘根と呼ばれる新たな根を生みだす。その娘根も同様に川を渡るように矯正されるのだ。大工はその気根を互いに、もしくはインドゴムノキの枝や幹と絡み合わせていく。吻合と呼ばれる過程を経て──葉脈、巻きひげ、そして気根のような分枝組織が自然に一体化していく性質──建造物のような厚みのある骨格が編み込まれていく。場合によっては、石を使って橋の隙間を埋める方法がとられることもある。その気根の構造物は時間と共に荷重に耐えられるまで成長する。一度に50人が渡れる橋もいくつか存在する。

最初の橋を架けた大工たちの次の世代が橋を管理している。たった1人で小さな橋を維持する場合もあるが、大抵は家族一丸、あるいは村全体──村をまたぐ場合もある──の集団での管理を必要とする。維持と発展の過程は世代を渡って、数世紀に及び存在するものもあり、600年前に作られた橋もいくつか残っている。

 再生力のある構造物であるのと同時に、生きている橋は、年を重ねるたび、自己修復と成長を繰り返し、時間と共により強度を増していく。「豪雨に見舞われると、コンクリートの橋は流され、鋼鉄の橋は錆びていきますが、生きている橋は豪雨にも負けません」とサイエミリは言う。

「生きている橋は他の近代的な橋よりもはるかに丈夫であること、そし費用もいっさいかからないことに、みな気づき始めています。なので村のひとたちはかつて森の中に忘れ去られた橋を手入れしています」

 生きている橋が再び注目されはじめた理由は、ひとつに、ランシーラン村で生まれ育ち、リビングブリッジ財団を設立した、モーニングスター・ホンソウの努力によるものだ。ホンソウは仲間と共に橋の認知を広め、古くなった橋の修理と管理をしており、その一方で新しい橋の建設も行っている。

 一般的な橋とは異なり、生きている橋は周囲の環境の中心的存在でもある。建築物としての性質は別として、その橋は温室効果を持つ二酸化炭素を生涯を通して吸収する。さらに土壌を安定させる役割があり地滑りを防いでいるのだ。一般的な橋は地層を分離させてしまうが、生きている橋は異なる土壌構造をしっかりと固定することができ、土壌流出防止に一役買っているのだ、とミュンヘン工科大学景観学部環境保全技術で教授を務めるフェルディナンド・ルドウィグは言う。彼はこの橋について13年にもわたって研究している。

 多くの木々について言えることだが、インドゴムノキはその環境下で殊更重要な役目を果たしている、と、主にヒマラヤ山脈の保全について研究している、メガラヤ州出身の、インド生物多様性研究所の科学者であるサルバドール・リンドは話す。イチジク科の木は骨組みとなる種であり、周囲の生物多様性を促進させる。苔がその木に生えて、枝葉の間にリスが住み、鳥が天蓋の中に巣を作る。さらには花粉を運ぶ虫を助けている。こうした木々を橋へと変える行動は動物たちが生息地を広げる上でも役に立っている、とリンドは言う。ヨツメジカや、ウンピョウは森から森へと移動するために生きている橋を使っていることで知られている。

 生きている橋が全ての面で従来の橋の性能を上回ることはおそらくないだろう、とリンドは指摘した。たとえば、一般的な橋の方がより負荷に対して耐えることができる。「しかし、生きている橋は現代的な橋に比べて、野生動物の活動領域においてはずっと有益なのです。生きている橋は森の中に埋め込まれた文化的構造物なのです。動物たちはその橋を自然の一部だとみなしています」と彼は話す。

 このようなその地固有の建造物はミュンヘン工科大学のルドウィグのような科学者を惹きつけてやまない。というのも、建物や空間の緑化を進める方法を、そこから学ぶことのできる可能性があるからだ。

 ルドウィグは生きている橋を単に、自然環境への損害や質的低下を最小限にする、持続可能な土地開発の例として見ているのではなく、再生力のある土地開発の例として考えている。再生力のある土地開発によって質的低下を逆転させ、環境を改善を図っている。しかし、生きている橋について理解するのは一筋縄ではいかない。

「こうした生きている橋のつくり方は定まっておりません。どのように根を引っ張り、結び、絡めさせていくのかは大工によって様々です。ひとつとして見た目がそっくりな橋など存在しません」とルドウィグは語る。

 この橋に関する歴史的記述が存在しないという事実が調査する上でもまたひとつの壁として立ちはだかっている。メガラヤ州に住む原住民のカシ族は口伝えで歴史を受け継いできたために、19世紀のイギリスの植民地として置かれるまで、カシ族は文字を持っていなかったのだ。ということもあって、橋について文書化された情報は少ない。

 そこでルドウィグ率いるチームはカシ族の大工と対話を行い、デジタル機器を用いて橋の建てる上での技術を理解しようと試みた。手始めに複雑な構造を持つ橋を測量し、データ上で骨組みを作った。次に、写真測量法──写真から生きている橋を記録、調査し、そして解析を行う──を使って橋を資料として記録し、その記録から3Dモデルを作り上げた。

 この資料をもとに、ルドウィグとそのチームは、生きている橋から着想を得て、生きている木を屋根として取り入れたサマーキッチンをデザインした。

「(一般的に)橋や建物を建設する場合、計画をたてます──完成形を理解するのです。しかし、有機的建造物の完成形を予測するのは、われわれには不可能です。カシ族のひと達は、日常的な、木の状態の分析、成長を促し方、そして状況に応じた対処においてきわめて高い技術を持っています。なので完成形を理解することができているのです」とルドウィグは話す。新しい気根があらわれたとしても、カシ族の大工には、その根を新たに橋の構造部へ組み込む方法が見えている。

 しかしながらヨーロッパでは、気候がまったく異なるため、インドゴムノキは実用的な種とはいえない。そこでルドウィグは妥協を余儀なくされ、代わりにモミジスズカケノキ、いわゆるプラタナスを用いることした。「これではだけではないのです。自然の中で生活しており、その環境体系と密接な関わりを持っているため、カシ族は信じられないほどの知識を蓄えています。我々の場合、そうではありません」ルドウィグは付け加えた。そこで彼とそのチームはデジタル機器を使って、有機的建造物への理解度を深め、屋根の形に枝を互いに編み込むことのできる構造を発見した。彼らは定期的に木を剪定し手入れを行うことで細く成長するように矯正を行っている。

「ヨーロッパでは、木の成長にどのように対処すればいいのか学んでいるところです。人が木を植え、木が育ち、人間が手を加え、それに木も呼応する。こうした自然との関わり方が持続可能な、そして再生可能な未来のために必要不可欠なのです」とルドウィグは話す。

 ルドウィグは、有機的構造物が町に住む市民の物質的幸福度向上につながるのはないかと期待している。木々を建物や橋、公園などに融和させることで、建造物がひしめく区域にも自然を取り入れることができる。「このアイデアは生きている橋を模倣したものではなく、その現地独自の技術から要素を取り出し、どのように我々の住む都市部に組み込むことができるのか解明しようとした結果生まれました」彼は言った。

 ジュリア・ワトソン。建築家でありながら、コロンビア大学で准教授も務め、ある土地独自の自然に根ざした技術体系に関連する研究を行っている彼女は、この過程の中で、われわれの木に対する見方が変容してきている、と話す。

「都市環境下で木々によって提供される環境事業を拡大するうえで、木々を単なる背景としてみるかわりに、活動状態にあるインフラ設備として見なすことができます」と彼女は続けた。たとえば、ヒートアイランド現象(コンクリート製の建造物が太陽熱を吸収し、都市部の温度が上がる現象)の影響を抑えたり、外気温を下げる働きを持っているとワトソンは指摘した。

 インドゴムノキは橋としての役割を超えた可能性を与えてくれた、と彼女は話す。こうした木々は建物に後から足される要素である必要はなく、建物の正面部や屋根として必要不可欠な要素であるべきだ。

 メガラヤ州では、カシ族は有機的工学を実践する中で木々とその周囲の環境を、人間も生態系の一部として見なすことで、更に深く統合させる。リンドが言うには、人々が協力して橋をつくり、維持し修復するようになることで集団での生活が活性化され、他者を敬う気持ちが育まれるという。

 いま矯正中の新しい橋は、その時が来るまで、誰にも渡られることはない。「カシ族たちのコミュニティは今日、明日のことを考えているわけではありません。無私無欲の行いであり、建築における、世代を越えて伝えていく哲学なのです」とリンドは話す、この恬淡さが、コミュニティをひとつにまとめ、環境を守るうえで必要な要素だと彼は考えている。

 カシ族にとって生活の一部であるのと同時に、生きている橋はカシ族のコミュニティに経済的利益を還元している。昔は、現地の人が渡りビンロウジやヤダケガヤを運び、売るための通り道として橋の交通網が、村と町をつなげていた。現在では、そのほかに、観光収入の役割も担っている、とサイエミリは話した。

 サイエミリの住むティルナ村から約3500の階段を降った先には、ウンシャン川の岸に架かるダブルデッカーと呼ばれる生きている橋がある。川の水位が上昇した際、カシ族は同じ木の根を川よりも高くなるように矯正し、最初の橋の上にふたつ目の橋を架けたのだ。

 現在、ダブルデッカーは主要な観光名所となっている。観光客が押し寄せるようになると、民泊が解放された。現地の人はキャンプサイトをつくり、観光客のガイドを務め小高い樹林の中を先導そた。簡易的な屋台が並び、ポテトチップスからペットボトル飲料まで何でも売るようになった。3月にサイエミリが、ティルナ村の真南に位置するレイトキンソー村を訪れると、村びとは竹製の足場にインドゴムノキの気根を引っ張り、捻り、編みこんで、3階建の橋作ろうとしているところを目撃した──1階と2階はダブルデッカー橋のようにそれぞれが平行して架かっているが、3階は傾いていた。「おそらく、3階建の橋があればよりたくさんの観光客を呼ぶことができると考えたのでしょう」とサイエミリは話した。

 観光業によって問題も発生している、と彼女は言う。ポテトチップスの空袋やペットボトルのゴミ問題の他にも、なかには一度に数百人の観光客が自撮りのために押し寄せている橋もあり、橋の耐荷重量を超えている可能性がある。しかし現地の人たちは、すでに異なる持続可能な観光業の形を考えているところだ。

 たとえば、生きている橋や、他のインドゴムノキを使用したインフラ設備である、ひさし、樹林帯奥地にあるトンネル、そして、耕作をおこなうため土壌豊かな平地へと向かう時に崖面の昇り降りに使われていた梯子について学ぶことのできる博物館や資料館の建設に、ホンソウは取り組んでいるところだ。

 まだメガラヤ州の外では黎明期にある技術だが、ワトソンは生きている橋から着想の得た建築物が──都市部の空気、土壌、そして生態系などに恩恵をもたらす──街の基盤となる役割を果たせるようになることに期待している。「有機的インフラストラクチャーは単に人間だけなく、驚くべき生物多様性と種の保全の支えになります」とワトソンは話す。「人類の存続のためにはその生物多様性が必要なのです」




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