【日記】体重計から解き放たれて見えた、時間の経過と人生の重み 2024/01/22
2024/01/22(月曜)の日記
まだ読み途中だが、このリクルートの記事が面白そうだ。2022年11月08日の記事だ。
体重計を捨てた。思い出を捨てたのと一緒だ。体重計に残った二つの記録。あの頃のままだ。記録してから約4年経った。
記憶が蘇ってくる。思い出が溢れてくる。朧げな記憶であることも切ない。たった一つの体重計を捨てただけで。
いつから使っているのだろうか?
岡田 斗司夫のダイエット本が発売された頃だ。2000年代(台ではなく、代が正しいようだ)だと思う。2007年だった。リーマンショックの直前に買ったものだ。
いつまでもデブと思うなよ (新潮新書) 新書 – 2007/8/16
岡田 斗司夫 (著)
5つ星のうち4.2
475個の評価
台と代の使い分けが、いまだに分からない。
以下が、使い分けについて分かりやすかった。
江頭のYouTubeが面白い。人狼ゲームをやりたくなった。お笑い第一主義が垣間見える。すべての人に笑いを届ける姿勢もすごい。
週末に、些細な仕事について思い出す症候群に、名前をつけてあげたい。名前をつけることで、動き出す。みうらじゅんは、命名することの名人だ。名付けることで、ジャンルが生成される。それは、ドラッカーの言う「顧客の創造」に等しい。
記憶と記録。記録も実は、なかなか残らない。場所の余裕と心の余裕が必要だ。
源氏物語。源氏物語は、今でもなお語り継がれている。奇跡だ。物理的な媒体に化体させ、複製を大量に作ることでしか、ヒトは長期的には記録に残せない。いかに伝播させるかが大事だ。
『リング』と『らせん』という小説・映画を思い出した。物語の伝播と複製の話だったと思う。『パラサイト・イブ』も面白かった。
以上
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?