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世界最高の研究所を訪れて

アメリカ合衆国・ワシントンDC近郊の生命科学の研究機関HHMI Janeliaに招聘され講演を行った。ジャネリアは、応用ではない基礎研究に特化した世界屈指の研究所であり、そして世界中の研究者の憧れの場所だ。

建物が美しい。ガラスを多用し、優美な曲線を描きハイセンスでとてもクール。実験室もガラス張りで明るく清潔感が溢れる。日本のチープでセンスのない大学や研究所と大違い。周囲の広大な敷地に広がる緑も素晴らしい。

そんなもの研究と関係無いだろうという声が聞こえてきそうだが、環境は研究者のモチベーションに大きく影響する。場所なんかどうでもよかろうという根性論は前近代的だ。ジャネリアがこれまで数多くの輝かしい成果を上げてこられたのは、この環境も貢献していると思う。

設備と技術も群を抜いている。例えば、専門的な話になるが最新鋭の電子顕微鏡FIB-SEMを8台揃え、しかも高度にカスタマイズしていて他では真似のできない高速撮影が可能。

そしてその成果を惜しげも無くネットで公開し、誰でも無償で使用できるようにしている。私と同業の方は是非、ウェブサイトJanelia Open organellaを訪れて欲しい。驚嘆するであろう。研究所や国の利益より科学全体への貢献を優先する強い意志が感じられる。

我が国では、最先端の機器を購入してもそれを操作する人員の予算が付かず、結局使いこなせていないという事例がしばしばある。ジャネリアでは、逆にそこを重視して手厚い配置を行っている。その結果、ノウハウの蓄積が凄い。

環境や設備が素晴らしくても、結局研究は研究者の能力次第。その点でもここは群を抜いている。過去に30名を超えるノーベル賞受賞者が在籍し(日本の全受賞者数より多い)、今も、特に優秀な若手が結集している。彼らとディスカッションしていると、そのアイデアと強靱な論理思考に感心させられる。

ここでは研究費は研究所から支給される。一般の方は、大学の研究者は大学から研究費を貰うと思っているかも知れないが、それは大きな間違い。日本でもアメリカでも、研究費は国や民間が出す研究助成金を、しばしば10倍を超える競争率の中で自分で勝ち取らないといけない。

一般の企業がコンペで取引を獲得するのと似ている。研究者はしばしば、助成金の獲得のために大きな労力を費やし疲弊してしまう。ジャネリアは、研究者は研究に専念すべき、という当たり前だが実際には実現困難なポリシーを実践している。

助成金の獲得に加え、研究以外の雑用が多い(特に日本では非常に多い)我々からは羨ましい限りだ。ちなみに日本の大学は、研究費を出すどころか我々が獲得した助成金の30%をピンハネする。みかじめ料を取るどこかの組織のようだ。

科学の世界では中国の台頭が著しいが、ジャネリアを訪れてアメリカの底力を感じた。

もちろんジャネリアといえども何か問題は抱えているかも知れないが、外部から見ている限り理想的な研究機関である。だが、真似をするのは簡単ではない。皆さんも既に気付かれていると思うが、環境、設備、人材、研究費、どれも莫大な金がかかる。

ジャネリアはなぜそんなに資金があるのか。それはここのかなりユニークな成り立ちと関係がある。作ったのは国でも大企業でもなく、ハワード・ヒューズという一個人だ(正式名称のHHMI Janeliaは、Howard Hughes Medical Institute Janeliaの略)。

ハワード・ヒューズは18歳で、大金持ちの親の遺産を継ぎ、その金でハリウッドで映画を制作、成功する。何人もの女優と浮名を流し、次には航空会社を興し、自分で飛行機を操縦して大陸間飛行や世界一周の最速記録を達成している。晩年はラスベガスのホテルを買って、そこに引きこもっていた。

まるで映画のような人生で、実際デカプリオ主演で映画化されている(「アビエイター」2004年)。私も見たが、名匠マーティン・スコセッシ監督作品だけあって、見応えがあった。

面白いことにこの人がHHMIを作ったのは、科学の発展を願ったからではなく、多額の負債を抱えた自分の航空会社を守るために、課税されない研究所を作ってそこに全株式を譲渡したのだ。

彼の死後、HHMIはその株を売却し莫大な資産を手に入れる。現在でもその総資産は200億ドルを超えている。理由は何であれ、結果的に彼は生命科学に多大な貢献をした。

さて、我々は第2第3のジャネリアを作るために、変わり者の大富豪がまた現れるのを待たないといけないのだろうか。それでは童謡の「待ちぼうけ」と一緒である。私はやはり国、あるいは多国籍連合がなすべきことだと思う。

ハワードヒューズとHHMIについては、こちらが詳しい。

Janelia open organelle
Jneliaが独自に開発したFIB-SEMの威力は凄まじい。

映画「アビエーター


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