ハイカウンターの向こう側
とにもかくにも、めんどくさい。
今の私には、ありとあらゆる手続きが降りかかっている。いわゆる契約変更だったり、書類の提出や書き換えだったり、とにかくとんでもない量が降りかかっている。ゲリラな豪雨もびっくりなほどの降りかかりようである。
仕事柄か性格か、書類に目を通すことは割と嫌いじゃない。
自分の個人情報を丁寧にしたためていく作業も苦にならないし、添付しなければいけないあれやこれやを揃えるために、お役所を梯子するのもそこまで辛くない。なんなら最短ルートで動けると、達成感すらある。
そんなこんなで、数年前まで制服を着て通勤していた銀行に足を踏み入れた。
「これどこから引っ張ってきてるん」とツッコミたくなるオルゴール音楽に、強めの空調が懐かしい。紙の匂い、キャッシャーの音、番号札のコール。ロビーでぼーっと待っている自分。出納機のボタン音、タイピング音、番号札のコール。書記台に立つ人、番号札のコール。番号札のコール。
あ、やべ、呼ばれてた。
ハイカウンターを挟んで、粛々と手続きをしていただく。
書類を書いている私を横目に、手際よくパソコンで顧客情報を照会しながら、変更部分の打ち込みをしていく行員さん。その姿になんとなく違和感を感じ、しばらく考えて気づいた。
あれ、制服着てない。
ぐるっと周りを見渡すと、どうやら制服がなくなっているようだ。行員らしいビジネススタイルに身を包んではいるものの、その服装は各々様々。
へー、制服撤廃したんだ。
そんなことを思いながら書類を書いていると、盛大に郵便番号を間違えて帯広市民になってしまった。すみません、と謝りながら訂正する。ひとしきり書類を書いたところで、ロビーに戻って処理を待つ。
同じ場所で長く働いていたはずなのに、見える景色が全然違う。
当時から同じ場所に置いてある備品もポスターも、人の動きも、「こんな感じだったっけ?」と違和感すらある。でも場所は変わってないんだよなあ、なんでだろうなあ。片手で携帯をいじりながら考えて、ようやく気づく。
変わったのは自分なんだよな。
書類を処理する側と、書く側。
ハイカウンターの向こう側にいる自分と、こちら側にいる自分。
時間がたてば制服もなくなるし、置かれている場所や環境が変われば見え方なんて180度反転する。周りが変わっているのではなく、自分自身が変わっているだけだ。
そうか、そしてここからまた違う世界に変わっていくんだな。
新しい文字に変わった通帳を握りしめて、銀行の自動ドアをくぐり抜けた。
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