見出し画像

手術台の上の鯉

2021年の秋、とある手術を受けた。


命に関わるような重篤なものではないが、ちゃんと全身麻酔をしていただくタイプのTHE手術。どうやら地元じゃ出来ない難解なケースだったらしく、都市部の病院で受けることになった。


手術当日、なんかもうよく分かんないテンションで病院へ向かう。


事前にサインした同意書を看護師さんに渡し、点滴やらなんやら前処置が始まる。「なんか手術みたいっすね!」とかどちゃくそ当たり前の感想を述べながら、ごわごわしたスカイブルーの手術着に着替える。ちなみにこのタイミングで同じ手術をうけるであろう同室の方は、前処置の痛みで泣いていた。ええ、ちょっと怖いんですけど…。

なるほどなるほど、この手術はこんな感じで進んでくんだな。これはこの機械に繋がってて…と、ひとしきり自分に繋がれている管を観察し終えたころに「失礼しまーす」とカーテンが開く。


「じゃ、手術室まで行きましょっか」


優しい看護師さんに手を取られ、色々な管を引きずりながら手術室まで歩く。鉄の重たい自動扉が開いた先には手術台。

入るや否や、検問のように名前と生年月日を問われたので、答えながら横になるとあっという間にいろんな器具が身体中につけられた。壁に目をやると、手術着のスタッフさんがこれから使うであろう手術器具を手際良く用意している。なるほど、まな板の上の鯉はきっとこんな気持ち。美味しく調理してね。



酸素マスクを口に当てられ、アホみたいにでかい注射がチラ見えする。おいおい、その中身全部入れるの?まじで?急に感じた恐怖感からか、口に当てられた酸素マスクがやけに冷たく感じる。

「はーいそれでは眠くなる薬が入りますね」
「10までゆっくり数えてくださいね」

何事も事前予習をそつなくこなすタイプの私は、全身麻酔は6秒ほどで効くのがベストだと知っていた。まかせろ、抗ってみせる。5まで数えたところで記憶が飛んだ。何とまあ、どこまでも優等生でありたいのか。


夢を見た。


手術台に寝転がっている私の横を、はる子(祖母)がウロウロとしている。ちなみにはる子(祖母・寅年)は数年前に亡くなっている。今まで夢に出てきたこともないし、めちゃくちゃ心に留めていたわけでもないけど(ごめん)、なぜかいまは一生懸命に私の足をさすっている。遠いところから「あー押さえてあげて!」と医師のような声もする。痛さで無意識に身体が動いているらしい。人間って不思議。んでもってアンタなにしてるんよ。心配なのか?

そう問うと目が覚めて、私は病室のベッドの上にいた。酸素マスクが邪魔くさい。点滴がもうすぐなくなりそうだ。


あ、もう手術は終わったのね。



何故はる子(祖母・寅年・肉が好き)が出てきたのかは分からないが、なんとなく足が温かい気がした。夢のような現実のような、なんだか不思議な体験だった。多分死ぬ時ってあんな感じ。


長生きしたいわけじゃない。
だけどこの日を境にちょっとだけ、自分を大事にすることも必要なんだなと思った、そんな話。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?