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夢で出会った彼女の本当の姿とは?

居場所を探して

随分昔の話になりますが、私は自分の居場所がよくわからなくて、精神的に不安定な状態が続いている子供でした。
小学校は卒業できないねと言われ患っていた重たい小児喘息も、その発端には精神的なものが理由にあるだろうということでした。

居場所というのは、物理的な家とか家族ということが一番最初に浮かぶことだと思うのですが、当時住んでいた家は借り物で、さらに度々の引越しが幼い頃に続いていたので、6歳になるまで安定した場所というのが無くて不安定でした。その度ごとにお友達たちとは何の約束も出来ないままお別れしてきました。

両親の他には血縁として繋がりのある人たちが周りに誰もいなかったので、他の家庭と比べてとても不思議だった記憶があります。
「わたしのおじいちゃんとかおばあちゃんは?」
「どうしてうちにはいないの?」
「どこかにはいるの?」
そう聞くこともありましたが、わかったと言えるような返事を聞いた覚えはありません。兄弟姉妹もいませんでしたので、なんだかんだいろいろと他の同世代の子たちみんなと違う自分ということを受け入れられずにいました。

あれも、これも、なんでわたしには無いんだろう? 
そんなことばかり考えて思って、落ち込んでいた日々だったのだと思います。比べては、ある方がよくて無い方がよくないんだという思いになってしまっていたと思います。

周りの人たちの家に家族が多くいるというのを見たり賑やかな話を聞いたりして、どうしてうちはお父さんも時々来る人でほとんどいないし、お母さんは早朝から夜中まで働いているし、なぜなんだろう? わたしはどうしていつもひとりぼっちなんだろう? そう思っている子供でした。
晩ご飯の時間には他所から美味しい匂いがしてきます。
私は学校から帰って、首からかけた家の鍵で部屋に入って、何にも無い部屋に一人いた時がたくさんあります。疲れて寝てしまって起きると、電気がついていない真っ暗な部屋にひとりいる自分が怖くなって泣いていました。
当時の電気ストーブにそのまま付いていた湯沸かしでお湯を沸かして、カップラーメンにお湯を注いでは、ひとりで食べていました。晩ご飯です。

一年ほどそんな生活が続いた後に、ちょっと大きな部屋の仮住まいの場所へと引越しして、少しずつ父親が家にいる時間が増えていきました。母は変わらず朝方から夜中まで働き、昼の休憩の3時間程は食事と仮眠をとるための時間ですからほとんど話をすることもありませんでした。
そんな生活の中でも救いだったのは、父の料理の腕が料理人並みだったことです。家にいることが少しずつ増えていった父と一緒に居る時間もだんだんと増えていきました。

しかし思春期になってからも、どこかしらに居場所の不安定さというものを抱えながら過ごしていました。

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夢に現れた存在

そんなある日。とある夢を見ました。朝方の夢です。

部屋の中にひとりの女性がいました。私はその女性の目の前にいます。その女性は身長156㎝という感じの自分よりもちょっと低めの背の高さで、真っ白なワンピースを着ていました。その純白の姿がとても印象的でした。髪の毛は黒くてセミロング。顔立ちは東洋系に見えました。

その女性を認識した私を彼女は確認したのでしょう。話し始めます。
「あなたは自分のことを、ひとりだと思っていますね。」
「本当には、あなたはひとりではありません。」
「あなたはずっと、これまでもひとりではありませんでした。」
「ずっと見守られているのです。」
さらに驚きの発言を彼女はします。
「あなたの目の前にいる私は、本当の私ではありません。」
「本当の姿を見せるということは、今のあなたにとっては「死」を意味します。ですから今はこの姿を作って見せています。あなたが見ているこの姿は本当の私ではありません。」

ただただ絶句しながら彼女の話を聞き続けている自分がいました。もう随分経った今でもハッキリと覚えています。

「忘れないでください。」

彼女がそう言った方向を見ると、そこには広大な宇宙らしきものと出入口のようなものがありました。大きなところから見た一部である地球にいる自分がそこにいたのです。


彼女は、もう扉はあります。そこからあなたはいつだって見られているのです。というようなことを私に言いました。そうしてそこからスーッと消えていったのです。ハッとして目覚めて、リアルな現実感があり過ぎて、心臓がしばらくの間ばくばくしていました。何度もぐるぐると思い出しては忘れないようにしよう、そう思っていましたが、体験が濃すぎて忘れられるものでもありませんでした。

10代前半の自分にしては、本当の姿ではない、仮の姿だ、今のあなたに本当の姿を見せることはあなたにとっては「死」を意味する、なんていうセリフは思い付かないなぁって、何度も思い返してはあれは何だったんだろうと思っていました。

でも、その確かな答えは無いものの、どこかしらそれを信じて受け入れている自分がいたのも本当のことです。その存在はとてもなじみ深くて、他人とは思えない感触がありました。いつかもっと答えに近いものとも出会うことは出来る、何か発見することができるのじゃないか、そんな気がしていました。現実世界で辛いことがある度に思い出し、ひとつずつを乗り越えていきました。
それが社会の中での「本当のことかどうか」ということ以上に、実際その後の私にとっての生きていく「支えになり力になったという事実」があって、だからこそあの体験は私にとって本当のことだったと言えるのです。大切な体験です。


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自分にとっての大切な意味との出会い。

日々の生活の中での目の前の現実と夢の世界と、自分にとっては両方がそれぞれの意味を持ちながら重要なものでした。もともと現実のことも夢のことも大切だと思えることの多くは誰とも話さないような子でした。思春期になってもあまり変わらない感じでした。

これまでたくさんの夢を見てきました。日常的な雑夢と呼ばれている夢や、脳が経験を整理しているのであろう夢もありました。また、何年経っても逆に色濃くなっていく夢の中での出会いや、人生が導かれてしまうような謎解きのような夢、大きな変化の前触れやお知らせのような夢もありました。
これらの夢に出て来るさまざまなビジョンや形、色、匂いなどが象徴解釈というものと結びついていくことになったり、夢にも階層があって意味も階層によって違うということを知っていくのは、この夢と出会った頃の私の、ずい分とまだまだ後のことです。
自分の存在の意味とか理由、出会うもの見るものの答えを探し求めて、私の人生丸ごとのような大きな旅はやがて始まっていくことになるのでした。


写真と文 sanae mizuno
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