DIOと呼ばれた女(2)

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物心つく頃には、何も言わなくても目の前の人間がどんな言葉を欲しているかわかるようになっていた。


リサが3歳のときに両親は離婚し、以降母子家庭で育った。母親は奔放なタイプで、何度も彼氏をつくっては別れ、リサに泣きつくのがお決まりのパターンだった。その経験が、否応なくリサを年齢以上に大人びさせていった。

小学生の頃には、同級生はもちろん教師までも、ほとんどリサの思う通りに動かせるようになった。特に、好意を持たせること、心酔させることに関しては意図してできるようになったのもこの頃だ。誰もがリサに手を差し伸べ、微笑みかけた。思い通りにならない人間などいなかった。

とは言っても、これがうまく通用しなかった相手がいる。それが母親の彼氏だった。

リサが熱を出して学校を休んだ日、母親の彼氏が家にやってきた。仕事で夜遅くまで戻らない母に頼まれて様子を見に来たと言った彼氏は、30分後にはリサの上で腰を振っていた。汗にまみれたその顔を見上げながら、「失敗した」とリサは思った。あんな母親でも幸せを掴んでほしい一心でこの男がリサに厚意をもつように仕向けてきたが、娘ではなく女に見られてしまった。失敗した…_。初体験の感慨など、少しの生理的快感と後悔程度しかもたらさないものだった。

無論、そのことを母に告げることはなかったし、今に至っても話したことはない。が、それでも母は何かを察したらしく、リサに見せつけるように彼氏とベタベタするようになった。時には彼氏に自分とリサの脚を触らせ、母親のほうを選ばせるようなこともした。母親は典型的な「面倒な女」だった。

男を相手にする気持ちも女を相手にする気持ちも、リサは両方知ってしまった。そのせいか以前にも増して人間の扱いがうまくなっていき、中学・高校のころには男女両方から告白されるのが日常になった。好意をもたせることなど、赤子の手をひねるより楽な作業だった。

大学へ行くと、さらにそれは加速した。リサが「いいな」と感じた男で堕ちない男はいなかった。特に意識しなくてもリサに好意をもち、リサのためなら何でもするという人間は後を絶たなかった。リサが別れを切り出すと、包丁を持ち出して自殺未遂をした者もいたほどだ。

みな、熱に浮かされたような瞳でリサに縋り付き、ひざまずいて見上げる。

「リサのためなら何でもする」

「リサと一緒にいられるなら、どんな形でもいい」

「お願いだから捨てないで」

「リサがいなきゃ生きていけない」

けれど、どんな言葉にもリサの心があたためられることはなかった。彼らの言葉は、いわばリサが引き出してしまっているようなものなのだ。本当に彼ら自身の心からの言葉かと言われれば、違うような気がした。

こんなに他人からの好意を集めて、私はいったい何がしたいんだろう。こんなに心酔されても、心が満たされないような気がするのはなぜなの…。

他人が心酔して壊れていくのを見るたび、リサは自分が嫌で仕方なくなっていった。他人を壊してまで手に入れたかったのが、こんな空虚な気持ちなのか。相手が壊れるような接し方はしたくないのに、知らず知らずのうちに相手が一番だめになる甘やかし方をしてしまう。本当に、まるっきりDIOみたいだ。

甘やかすだけ甘やかして、自力で歩けなくしてしまう…。こんな私嫌なのに、それでも愛してほしいと思ってしまってる。だけど、誰が愛してくれるっていうの?こんな、こんな私を…____


* * * * *

薄暗がりのなか、布擦れの音と体の軋みでリサはゆっくりと目を開いた。わずかに汗と甘酸っぱいようなにおいが残っている。自分以外の肌の感触が心地良い。

色は白いが筋肉がついた胸に、イツキも男なんだよなあと思い知る。リサを閉じ込めている腕も、女のそれとは明らかに違う。どれほど思考や性格が似ていても、イツキは男でリサは女なのだ。

でもきっと、同性だったとしてもこういう関係になっていただろうという感じもする。どちらかが求めれば、もう一方は応えるだろう。「そんだけ仲良いなら、付き合っちゃえばいいのに」と、今まで散々言われてきた。

確かにたいていのことは言わなくてもお互いわかるし、体の相性もいい。明日から一緒に生活しろと言われても、何も困ることはない。性格も似た者同士で、恋人にするのに、なんなら結婚相手としても、申し分ないほどだ。

(でも、だからこそ、私たちお互いを一番だめにしてしまう)

リサが癖のつよいイツキの髪をなでると、心底安心したような顔をする。イツキの体の力が抜けていくのがわかる。自分もこんな顔して眠ってたんだろうと容易に想像できた。

似た者同士なだけに、どうすれば相手が安心するかを充分すぎるほどわかっている。どう甘やかされるのが心地良いかも。だからこそ、今までの恋人たちとは比にならないレベルで心も体も求めてしまうだろう。大切に想いあっているだけに、甘やかすのも歯止めがきかない。そうなったら、あとはお互いに壊れていくだけだ。

イツキのことは、本当に大切に想っている。実の家族以上に、家族だと感じられる存在なのだ。だから、イツキだけは壊したくない。たぶん、イツキも同じことを考えいるのだろう。

(だから私たちは、恋人にならないほうが…お互いを大切にできる)

眠りかけで起きたためか、やたら思考が絡まっている。このあたたかい腕のなかで、眠り直そう。少し身じろぎして、イツキの背に手を回した。イツキは寄り添ったリサをあやすように腕に包み、リサの頭に顎をのせて穏やかな寝息を立てる。ゆったりと刻む鼓動に促され、リサは再びまどろみに身を任せた。今だけは、このあたたかさに甘やかされていたかった。



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