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「何をするか」より、「何でするのか」が大事

今朝は少し寝坊をした。

5:45起床。そして息子が今日に限って6:00に起きてきた。いつもより一時間も早いやんー!

それは、息子の朝ごはんをつくっている真っ最中だった。

「今日は朝の自分時間、なし決定やな。。」

と、しょんぼりしているわたし。

昨日は思い通りに理想的な朝時間を過ごせたから、余計に今日の気分は下がる。。

「仕方がないよね!」と思ってはいるものの、どこかで今日はヨガと瞑想ができなかった自分にガッカリしていて、さらには、息子の早起きに少しイライラを感じている自分。そしてそんなことを思ってしまった自分に、「いやなやつだなー!わたし」ってなっている。

うわー!!

気がついたら、理想とは真逆の朝時間になってしもてるやんー!

って気づく。

なんとなくイライラしていて、うつつとしている気分。

いやいやいや。これはわたしの欲しかった感情じゃない!

そしてここで思い出した言葉があった。


何をするかは重要ではない。

「なぜそれをするのか」が大切である


という言葉だ。

わたしは、朝時間にヨガをすること、瞑想をすることにこだわっていた。これだけは絶対に朝にやりたいと。朝にやった方が一日気持ちよく過ごせるから。ヨガと瞑想は、朝、朝、朝!朝にやらんと意味がないー!って。

でも、よくよく考えてみると、本当に朝にヨガと瞑想する必要はあるんか?そもそもヨガと瞑想をやらんとあかんのか?

そこでわたしは考えた。

「わたしはなぜ朝にヨガと瞑想をしているのか?」

それは、ヨガがしたいわけでもなく、瞑想をしたいわけでもないと気づいた。

わたしは、ヨガというツールを使ってカラダをほぐして気持ちよくなりたかった。エネルギッシュな気分になりたかった。

そして、わたしは瞑想というツールを使って、頭の中をスッキリさせてステキな一日を始めるためのクリアな思考の状態を手に入れたかった。フレッシュは状態になりたかった。

わたしは、ヨガと瞑想というツールを利用して、ステキな気分を手に入れたかったのだ!

朝時間にヨガと瞑想をやるってことに執着しなくてもいいんだな、ステキな気分を手に入れれば満足するんだなって、気づいた。

理想は、毎朝5時に起きて、ヨガと瞑想、アファメーションの習慣を繰り返すこと。

でももし、また今日みたいに時間がとれなかったとしても、自分がステキな気分を手に入れれる、他のことをすればいいのだ。

そんな日がまた来たときのために、わたしは自分が気分よく朝を迎えるためのツールをいろいろ考えてみて、用意しておこうと決めた。

なんか、スッキリ!

イライラ、うつうつとしていた気持ちはどこかえ消え、わたしはまた爽やかな気分になった。

今日もありがとう。感謝。

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