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いびき 超短編

 その人はただ寝ている。それだけなのに他人をここまで不快にする。
 原因はイビキである。
 その響きは多種多様だが圧倒的多数の人がイビキなど無いに越したことはないと思っているのでは無いだろうか?昨今ではイビキが原因で殺人事件にまで発展した例も少なくは無い。

 ただ一つだけ提言したいのだが、まず大前提としてイビキは単体では存在し得ないのだ。
 つまり誰かと共有しなければ存在し得ない。
 いや、一人の時にもイビキは発動しているではないかと思ったあなた。
 それは大きな間違いだ。それならばあなたは自分のイビキを聞いた事があるのだろうか?
 まず、そんな人は居ないだろう。それは自分の後ろ姿を見る様なものだ。と言うよりそもそも、それは有り得ない話なのである。
 物理的に視線、温度、気配などが無いとイビキというシステムは発動しないのだ。仮に定点カメラなどで撮影したとしても同じ事だ。カメラという物が存在した時点でシステムは発動する。

 正に一人で握手やキスが出来ないのと同じ事なのだ。
 イビキとは無意識下ですら人と関わりたいという究極のコミニケーションと言えるだろう。

 だが、何故その様に素晴らしいはずのイビキが昨今こうも蔑まれ敬遠されているのだろうか。

 実はそれには理由がある。
 悲劇は第一次世界大戦から始まる。
 某国のとある部隊が基地にて休息を取っていた。連日の戦闘で疲れ果てていたその部隊は見張りを含め全員が眠りこけてしまったのだ。
 無防備なその部隊は案の定、敵国に攻め込まれ全滅した。
 そんな事例が各部隊で続出し、某国は結局敗戦し莫大な賠償金までをも背負わされた。
 そもそも無理な作戦を正せば良いでは無いかと思うだろうが上層部の考えは全く違った。
 眠らない戦士を作り出せば勝てるという考えに至ったのである。
 それから度重なる人体実験が行われ、そんな事は不可能だという結論に辿り着いた。
 だが、それならばと目をつけたのがイビキだった。どうせ寝てしまうのなら起こしてしまえば良い。
 そしてイビキをより大きく不快な音に変化させる薬の開発に成功したのだ。
 兵士達にその薬を投与するやいなやで揚々と某国は再び開戦に乗り出した。
 第二次世界大戦の始まりである。
 薬の効果は絶大だった。このイビキによって疲弊しきった兵士も再び目を覚まし作戦を遂行する事が出来た。
 想像して欲しい。直ぐ隣であのイビキを聞かされる事を。
 だが、少し経った頃この薬には落とし穴が2つもある事を気付かされた。
 一つ目は休息を必要とする場面でもこのイビキがそれを邪魔をしたのだった。兵士たちは常に満足な睡眠を得る事が出来ずに、体力も士気も失われ某国は再び敗戦を喫した。
 そして、もう一つはこのイビキが伝染するという事だった。開発された薬は手違いなのかどうかは定かでは無いがウイルス性だったのだ。
 世界大戦という事も相まって瞬く間に世界はこの呪われたイビキに感染した。
 このイビキは母子感染はもちろん空気でも簡単に感染する。
 未だにワクチンは開発されていない。
 戦前生まれの人に出会う事があれば是非聞いてみて欲しい。昔は不快なイビキなど聞いた事は無かった。むしろ毎晩今日はどんなイビキが聞けるのか楽しみにしていたぐらいだ、と答えるはずだ。

 いつの時代も為政者達の犠牲にされるのは結局罪の無い市民達なのだ。戦争がいかに愚かで、戦禍の悲劇は至る所に影響を及ぼしている事を再認識して欲しい。
 そしてもし、あなたの隣に不快なイビキの持ち主がいるのならば、どうかその人の事を憎まず反戦へとその気持ちを向けて欲しい。
 皆がむやみやたらにうるさく不快なイビキをかく事の無い、そんな世界を私は今日も夢見ている。

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