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『見合う』人間になりたい

劣等感、のような

 私は比較的裕福な家に生まれ育ち、それなりの教育を受けて育ってきた。大学生時代はゲームに没頭していたし、平々凡々の容姿しか持ち合わせていないし、親は厳しいしで、夜のバイトをしたり色んな男の子と遊んだり──そういう所謂大学生らしくて派手なことはしてこなかった。
 その上、就職先が特別ハイクラスな会社ではなかったこともあって、誰かと会話をしていて己の知識レベルの低さに困ることなど殆どなかった。
 それなのに婚活を始め、ハイスペックな方々と話す機会が増えたらどうだろうか。もう、会話が成り立たないのだ。
 眼の前にある料理が美味しいね、花が綺麗だね、景色が素敵だね。その程度のなんの意味もない感想の言葉を交わしているうちはいい。単なる感想に学や経歴は関係ない。
 だが、少しでも仕事の話や趣味の話、金融関係の話なんかになると、ボロが出てしまう。当然だった。彼らにとってみれば私なんて、他でもなく私が今まで散々『話のレベルが合わない』と見下してきた人間と同じ存在なのだから。
 そこに気付いてから、どうしようもなく居た堪れなくなった。私には中途半端な経歴と常識と学力がある。そのため、相手がどれだけ私に合わせた会話をしてくれているか気付けてしまう。だが、私には相手に合わせた高度な会話を持ちかけることは出来ない。なぜなら、積んできたキャリアに雲泥の差があるからだ。
 いっそ気付かないほど馬鹿だったならどんなに楽だっただろうか──とさえ思う。一度こうなると駄目だった。彼はきっと私のことを馬鹿で、凡庸で、刺激がなくて、つまらない会話しか出来ない相手だと思っているんだろうな、というマイナスな感情が脳裏をよぎってしまうのだ。
 それは、あまりにも苦しい時間だった。

『普通の人』

 
 私は元々、ハイスペ婚活を望んではいなかった。
 よく婚活業界では馬鹿にされがちだが、『普通の人』なら誰でも良かった。それは、私も普通の人だからだ。家柄も普通。学歴も普通。会社も普通。年収も体型も全部が普通。だから、自分と同条件を求めると、全てが普通の人、という希望になってしまう。
 だから、当初の私が掲げていたのは『四大卒(レベルは問わない)』『運転免許を持っている(運転が人並み程度にできる)』『年収450万以上である』『年齢はプラス5歳、マイナス2歳まで』という条件だった。
 この中で案外ハードルとなるのは意外にも運転免許証を持っていること、だったように思う。持っていたとしてもペーパードライバーだから乗れない、と注釈がついてくることも多かった。だが、私は運転ができることは譲れない要素であった(旅行するときに電車かタクシー移動しか手段がないのは嫌、子供ができたときに不便、自分が出来ることを相手が出来ない姿を見ると極端に萎えてしまうなどの理由)ため、もしかするとそこで良い人を切り捨てていたかもしれない。
 だが、譲れない条件から目を逸らしてまで押し通すほどの相手だったとも思えないので、良いのだが。

 何度も言うが、ネオくん(現婚約者らしき人)は本当に良い意味で普通の人だった。減点となるようなポイントは何一つなく、むしろ私の要求する条件を全てかなり良い条件で満たしていた。だからこそ、結婚するのはこの人しかいない! と思ったわけだ。
 だが、結果はこうなっているわけで。
 機械製品のように、スペックだけで全ての価値が決まらないところが、婚活の、何より人間の面白さであり、難しさなのだと思う。

 ただ、私の入会した結婚相談所は、ハイスペの男性を揃えていることが売りだった。パイロット。医者。士業。多少オジサンでもいいからそういう高い年収を持つ人と付き合うのが良い。アドバイザー(経営者)はそういう価値観を持っており、若い私を積極的にハイスペ男性へと充てがった。
 だが、駄目だった。ハイスペの男性は向上心が強く、向学心に溢れ、休みの日にはゴルフやテニスなんかに興じちゃったりしながら日々を活き活きと過ごしている。私のように同人誌を書き散らしては悶え、一日中ベッドの上に転がっているインドア陰キャオタクとは決定的に話が合わないのである。
 だが、ハイスペの人のする話は面白い。それに、店選びのセンスもいい。ネオくんみたいに、一ヶ月に一度しかないデートなのにサイゼリアに行こうとか、間違ってもそんなことは言わない。ちゃんと一休とかで調べたり、自分が昔行って美味しいと思った店とかを紹介してくれる。だから心地よい。だが私は相手を心地よくさせられるだけの知識も、知恵も、体力も、外見も、話術もないのである。だからやっぱり、私には『普通の人』が合っているんだな、ということになる。分不相応な夢を見て、彼らと関係を持つのはやめよう。貴重な日々を悪戯に浪費するだけだから。
 そう、思っていたのだ。

スイーツさんというひと

 そんな中、私の人生において最もハイスペックな男性であるスイーツさんと出逢った。
 誰が聞いても優秀なスイーツさんだが、話してみると凄く気さくで、同時に変わっている人だと思った。
 メッセージのやり取りをしていると、真摯であることは痛いほどに伝わってくる。仕事が出来るんだろうな、というのも分かる。文字を通しても、実際に話をしても、コミュニケーションは問題ない。むしろネオくんの百倍は円滑に取れる。だが、日本社会に馴染めるタイプではないだろうな、とも思う。そういう感じの人だ。
 例えば、好きな食べ物は何? と聞いたとする。こんなの、婚活やマッチングアプリをしていれば最早挨拶と同じテンションで繰り出す常套句だ。
 だから、普通の人は「ハンバーグとかピザにハマってます♪ 逆に苦手なものはセロリかな〜」くらいのテンションで返信してくる。私だってそうする。
 だが、スイーツさんは違う。ちゃんと中点を打って、1000文字くらいかけて自分が好きなものと苦手なもののすべてをリストアップし、丁寧に説明してくれたのである。まるで一流企業のプレゼンのように。
 こんな人は今まで見たことがなかった。私の性別が男なら、「面白え女……」と言って少女漫画に出て塗る俺様王子キャラのように、訳知り顔で独りごちてしまうだろう。

 スイーツさんは基本的に丁寧に文章を打って、こちらが投げかけた質問に対して期待値の十倍くらいの情報を返してくれる。それがなんだか面白くて、夢中で会話してしまう魔力がある。
 返信があると嬉しくてホッとするし、返信がなければ寂しくて(ああ、ついに私は切られたんだな……そりゃそうだよな、私じゃ釣り合わねえもん……)と考えてしまう。そのくらい自分の中で大きな存在に変わっている。
 先日、また食事をしてきた。少しお酒も入って、楽しく会話することが出来た。スイーツさんは、私が分からないであろうレベルの話は前もって語句の説明を入れつつ話してくれる。それでも分からない時もあるが、恐らく表情が強張っているだろうからバレているだろう。だから、自分でも分かる話のときだけ積極的に乗っかって、あとは聞き専を貫くことにした。
 なんだかほんのりいい雰囲気になったのだが、集合した駅の雰囲気があまりに雑然としすぎている上に街が二人が想像しているよりもずっと汚くて、結局何事もなかったかのように駅へと引き返すことになってしまった。

見合う人

 スイーツさんに見合う人はどんな人だろう。私には分からない。同じレベルの大学を卒業し、同じようにハイキャリアの道を真っ直ぐに歩いている、そういう強いキャリアウーマンは相手に選びたくないらしい。所謂美人百花系のアナウンサーのように綺麗な女性や、若くて可愛いアイドルのような子も苦手だという。
 家庭の中でハイレベルな議論や仕事の話は持ち込まず、ごく普通の家庭生活を謳歌したいタイプのようだ。私はそのどれにも該当しない平々凡々の女なのだが、だからといってあまりにも教養が足りていないと感じる部分が多い。中高にもっともっと真剣に勉強しておけばよかったと思いつつ、別に今からだって遅くはないのだ。
 私と彼では地頭の良さが完全にレベルが違う。普通の中堅私立大学を卒業した私と、国内トップの大学を卒業し、海外大学の院まで出ている彼が同じであるはずがない。だが、そう言ってはなから諦めて放り出すのは良くないことだ。少しでも彼が回りくどくごくの説明をしなくてもいいように、私が努力しなければ。それはいつの日が私がネオくんに望んだことだから、彼に同じ気持ちを感じさせたくない。
 もう少し仕事に慣れたら、少しずつ勉強を頑張ってみようと思う。

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