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第5話:多様な働き方についてあれこれかんがえる回


ついに先日、6/3に男性版産休・育休とよばれる「出生時育児休業制度」を盛り込んだ改正育児・介護休業法が成立しました。

これにより男性も子の出生後8週のあいだに2回に分けて最大1か月育休が取得できます。ちなみに2回に分ける意味が分からんという方に解説しますと、出産時と退院、または里帰りから自宅に戻る時などを想定しているではないかと思います。さらに1年未満の有期雇用でも取得可能となりました。またこの制度があることを子供が生まれる従業員に周知する義務が事業主に課せられました。ほかにも

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などなど支援の動きがあり、そして2030年が17の目標達成年となる”SDGs”

世の中の動きは目まぐるしく変わっていっています。それでも先進国とよばれるにはあまりにひらきのある「ジェンダーギャップ指数2021(世界経済フォーラムが国別に男女格差を数値化したもの)」が世界156カ国中の120位だったり、と現実にまだまだ法整備や認識が追い付いて行っていない、乖離が起きているようにも思います。

そこで「多様な働きかた」というものをひも解いてみたいと思います。

この言葉をよく聞くようになったのは結構最近な気がしています。2019年の働き方改革法案でしょうか。そして2020年同一労働同一賃金制度がはじまり、いよいよ本格化、コロナ禍のリモートワーク・テレワークで一気に加速したように思います。また、同時に働き手のジェンダー観・雇用の流動(ウーバーとかギグワーカーというやつでしょうか)なんかも一気に進んだような感覚があります。

筆者はいわゆるミレニアル世代ですが、10代の多感な時期にケータイ3和音で着メロがはじまり、ISDN~ADSL~ブロードバンドとインターネットが爆発的に普及したり、小学生の頃はスーファミ・モノクロゲームボーイでポケモンやっていましたが、いまやVRでオンラインゲームです。あっという間に技術革新がおきました。近頃はAppleが車を出すとかいう話を聞いて、空飛ぶのかと思っています。また年金が将来全然返ってこないと叫ばれ、同時多発テロや大震災を経験したり、お金の使い方も変わってきましたし、今を生きることを強く意識するようになったかもしれません。

さらにその世代が子育てをすると、サステナビリティやエシカル消費というワードを恒常的に耳にしたり、こどもに未来を残すことを強く意識せざる負えないので、環境問題なんかにも関心がおのずと高くなり、やっぱ電力は再エネ100%のFIT電力っしょ!と、おばあちゃん世代との断絶を感じることも多々あります。

わたしの下のZ世代になると、情報収集の仕方もうまいし、流行や常識にあまり飲み込まれず、自分の好き嫌いを突き詰めていて、スマートだなあという印象があります。彼らはソーシャルネイティブとよばれ、世界中の情報に指一本でアクセスできることが生まれながらに染みついている世代かと思います。ひらかれた情報にアクセスできることから、社会貢献や社会問題への関心が高いというデータもあります。

転職に関しても以前ほど回数や年齢を加味しなくなってきているような感じもします。なにせ労働人口は減少する一方ですから、その要素ではじいていてはいなくなってしまうくらいなのかもしれません。

文化に関しても、以前より流動的で、Youtubeで異文化を知ることが出来たり、特におとなり韓国の文化・ライフスタイルを身近に感じている層は増えていることかと思います。先日BTSがアジアアーティストとしてグラミーをとりましたが、異例と言われています。もう知らず知らずのうちにつくりあげていた文化の垣根というものはないのかもしれません。(ジミン美しい)。

すみませんとっちらかりましたが、なにが言いたいのかというと、ライフスタイルがぜんぜん変わってきちゃってる、もしくは今までと変わることを強く望んでいる、のでライフに占める割合の多いワーク(働きかた)に関しても色々な選択肢が出てきて当然だろうなという話だったのです。

お金は大事なんだけど、意義が見いだせないというかその文脈で稼ぐのはいやだなとか、いわば稼ぐために働くという考え方はだんだんと下火になっていくような予感がします。現在はそうせざる負えないと思っている人たちも、世の流れが変わって事例が増えていけば、やっぱりそうではないですよね、と人間の自然な状態に戻るのではないかなと思っています。

自分が大切だと思うものを失うことなく、きちんと自分の個性を発揮して、生活するためのお金を確保する。ありのままの時代だと思います。誰が何と言おうと、自分の子供が生まれてから半年・1年という貴重な時間、ありのままに育児がしたいし、それを許してもらえないことは生きた心地がしないな、よおし転職しちゃお♪ になってもまったくおかしくないように思います。うちの夫はそうでした。子どもが生まれた2か月育休をとる際、こんな貴重な経験はないから、と強い意志で職場のいや~んな雰囲気のなか育休を取得しました。結果、今はその会社を辞め、独立しました。その場所には少なくとも自分にとっては未来がないと判断したからです。

男性が稼がなきゃいけない神話もそろそろ崩れ去ろうとしているのではないかと思います。これは、きちんとした男性であるために、男性が持たなければならない厳格な考え=マンボックスとよばれ、害を及ぼす男らしさというものです。息子を育てるようになって、このことをより意識するようになりました。男らしさの檻の中にがんじがらめになり負担を感じることは彼にとってどの程度の影響なのだろうと思ったからです。文献を色々読んでいますが、結論かなり悪影響です。なので、こちらでマンボックスを意識して、なるべく偏らないようにしています(別に痛かったら泣いてもいいですし、お料理、ピンク色なんかも好きですので尊重します)。それでも集団生活に入れば対比のなかで何かしら必ず意識するでしょうし、でも彼が結果的に"厳格な"男らしさを選ぶにしろ、ニュートラルな状態から出発してほしいなと思う次第です。女性が活躍すると男性の居場所が奪われるというような考え方もあると聞きましたがそうなのでしょうか。もし息子がそういったときはどうしてそう思ったか理由を聞きつつ、そんなことはないはずかもよと両方の側面を探っていきたいと思っています。

ということで、今回は多様な働きかたについてあれこれ考えてみました。働きかたは結局働いているその場所の出来事だけではなく、その人の在り方の一部として存在していて、ライフのなかに根付くものだと思いました。今度の研究会(対話ワークショップ)の中でいろいろな方のお話をきいいてまた新たな気づきを得たいと思います。

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