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3話・前編 開かずの間 怖い話シリーズ

父から聞いた話だ
この話は何回もねだって聞いてしまう

数年前、父は親戚が亡くなり故郷に帰らねばならなくなった
母は行かなくても良いということで私たちと留守番
その際、時期も時期(たまたまお盆だった)なのだから、しっかり旅館なりホテルなり予約をしなさいよ、と母は何回も声を掛けていた

父は実母と仲違いしていたため実家に帰る気は毛頭ない
なのに何故か余裕で予約を入れるそぶりもなかった

つまりド田舎の故郷を舐め腐っていたのだ
「あんなクソド田舎、わざわざ予約なんざ入れなくとも空きはある」
という思いで結局、電話をせずに飛び立っていた

……阿呆だ
超ド田舎だからこそ泊まれる施設に限りがあり、お盆ともなればあっという間に帰省客で埋まるものだ
しかし母は「大人なんだから、自己責任」と笑って代わりに予約も何もしなかった

大方の予想通り、葬儀も終わりラフな格好に着替えた父は
大きな荷物を抱えて路頭に迷っていた

母に電話があり、横で聞き耳をたててる私にも父の情けない、困ったような声が聞こえる

「……でしょうねえ……だから言ったじゃないの……無理ね!」
それに対し母の勝ち誇った無慈悲な受け答えが続く
どうやら当てにしていたビジホも、知り合いの旅館も
知らないホテルも旅館もラブホさえ満室で
すげなく断られ続けているらしい
しかし、母との無意味な電話を切った後も父は諦めなかった

電話交渉が駄目なら実力行使とばかりに
1番距離の近い旅館に直接交渉しに出向いた
この図々しさと諦めの悪い根性には呆れつつも昔の人間ならではのガッツを感じる

その旅館は古く、見るからに年季を感じさせていた
普段ならば絶対に泊まりたくない、薄気味悪い旅館だった
だが背に腹はかえられぬ、もう7時を回ってしまっているのだ
受付らしきカウンターに、3人のお婆さんが立っていた
1人は女将らしく着物を身につけていたが、残りの2人は商店街によく居る「どこで売ってんの?」といった派手派手柄服を召したお婆さんだった

父は自分の困った状況を語り、どこでもいいから!と熱烈に頼み込んだ
最初は満室だから、と断っていた着物婆さんも、途中から必死な様子の父に同情し始め

「仕方ないですねぇ……じゃ、ちょっと相談しますから」

と、柄お婆さんと共に奥の部屋に引っ込んだ

が、ハッキリと3人の話し声が聞こえてくる

耳が遠い人特有のデカい話し声と壁の薄さも相まって、一言一句逃さず聴こえるのだ

ね~ど~するぅ?あの人可哀想よ?

まぁね~……あの部屋ならねぇ……開けられるっちゃ開けられるけどさぁ……

え?あそこ開けていいの?大丈夫かねぇ……

まぁいいでしょ、本人がどんな部屋でも良いっつうんだから……何があっても私たちの責任じゃないわよ……じゃあ5000円でいいかね?

うーん……5500にしとこ

というような、付け足しの500円が加算されて決定が下された

この時点で、多大な心配をしていた

長年開けていないかのような口ぶり……
開けることを心配するような発言……

怪しさMAXの部屋に不安を抱かない人は居ないだろう

一体どんなボロい部屋に案内されるのだろう、と戦々恐々としながら3人の婆さんに着いていく

そして、父は目を剥いた
離のような、他の客室から隔離された廊下の先に
ドラマや映画でしかみたことのない鎖で封印された部屋があった
他の客室は襖なのに、その部屋だけはドアになっていて
四隅の壁に穴を穿ち杭を取り付けたあと、鎖を通し
中心にこれまた見た事の無いような、立派な錠前が掛かっている

「すみませんね~
この部屋、使ってなくてねぇ」

と、推理する必要も無いことを話しながら、柄婆さんとともに鍵をはずし鎖を解いていく
準備良く持っていた手提げに重たげな鎖をしまい
今度はようやく部屋の鍵を取り出し、ビビって硬直したままの父の手に握らせた

「正規の部屋じゃないんでねぇ
……その、色々と責任は取れませんがね
……どうぞ、ごゆっくり……」

3人の婆さんはそそくさと滑るように廊下を渡って行った
それは、一刻も早く此処を離れたいという願望が透けて見えるようだった

ここで補足しておくと、父には霊感がほぼ無い
ほぼ、というのは不思議な事はあったかも、という程度だということ
だが、怖がりかと言えば間違いなくそうだ

私のようにあくまで映像やお話に限ったことで、自分が怖い目に会いたいとは
1ミリも思わない人なのだ

渡された古く頑丈な鍵を見下ろしながら、当然逡巡していた

この漫画でしかないような、禍々しい開かずの間の雰囲気
本当に自分はここで1晩潰せるのか

意を決して鍵を差し込むと、思ったよりスムーズに廻った
恐る恐る部屋を見る……

想定通り、古臭く埃っぽい部屋ではあったが、襖や畳なんかは大して傷んでおらず
思ったよりはマシだった
床の間には小さなテレビが据え付けられていて、左横には今どき見ない
ミニサイズの引き出し付きの鏡台に黄ばんだ布が掛かっていた

そそくさと鏡台をテレビと引き離し、なるべく見ないようにする
開かずの間にある鏡台など、恐怖でしか無かった
しんとしているのも嫌なので、適当なバラエティー番組をつけ
空々しい賑やかさのなかで、荷物をおろし
埃臭さを払うため窓を全開にし、座椅子に腰掛け……

頭上の違和感、目の端に映った3角の暗闇に気づき唖然とした

え?


……穴?




それは、天井を切り取ったような3角の穴
人ひとりが余裕で入れそうな穴だった

天井に穴が空いている事などあろうか
少なくとも人を泊める部屋に……

余程、婆さん3人組に電話して聞こうかとも思ったが
万一それが「由来のある穴」だったらと思うと怖くて仕方が無くなった

結局、襖から布団を適当に取り出しぴったりと壁に張り付くように近づけるだけにする


鏡台も、穴も、見たくない
何も知りたくない


ひたすらそう願い、電気とテレビをつけっぱなしにして
布団に潜り込み目を閉じた


後編に続く

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