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マルグリット・ユルスナールが描く、中世ヨーロッパを生きる錬金術師ゼノン(実在はしない)の生涯を追った歴史ファンタジー。 本作はユルスナールにしては珍しく三人称視点の文体で書かれてある。 ユルスナールといえば主人公の心の奥の奥、無意識の領域まで入り込んだ一人称体が有名だが、三人称だとどうだろう?とやや不安を抱きながら読書開始。 すぐに予感は的中した。 読みにくい! 人物を名前だけ出して何の描写もせずに動かしていくので、読者は人物が頭に描けずに物語を追っていかなくてはならず
家に帰ると俺は、空元気を置き去りにして来た憂鬱な病室を思い浮かべた。食事の時分きまって発熱に苦しむ夏希が、看護師か誰かに手伝ってもらいながら夕餉を食べているんやないかと、そんな事を考えてまう。悪寒に慄えながら「兄ちゃん、明日も来てな」という妹に、俺は笑って「当たり前や」と答えたんやけど、夏希を見るのが辛かった。 「せや。兄ちゃん。うち、あそこへ行きたいな。兄ちゃんが連れてってくれた夜の松原の浜。あっこは星が綺麗やったな」 「父ちゃんや母ちゃんに内緒で夏になったら連れてってや
狙う的はあの舐め腐ったクソ女の乗艦、真っ白な大型フリゲート。生きてるうちに一発ブチかましておかないと気が済まなかった。 「紗良! 主機もう少し出して!!」 「ムリ! 両舷全力いっぱい!! マジでブッ飛ぶっ!!」 機関チェックモニタに齧り付いた紗良が、全力稼働中の高速ディーゼルエンジンより喧しい悲鳴を上げる。無線機要らずの大声だ。 45ノットを超えると、水飛沫も豪雨と大差ない。高速艇用の六点式シートベルトで座席に括りつけられても、風圧で座席から吹き飛ばされそうな錯覚に
彼の朝は、たいていイカで始まる。 食卓に刺身が並んでいる。獲れたばかりの透き通った新鮮なイカだ。 「損の一部、真イカってなあ」 イカ釣り漁師の父親が笑う。今朝がた釣ったうち競りにかけられない撥ねものを持ち帰ったのだ。 「朝からイカかよ」 「ばか、朝から食うから美味いんだろ」 父親は上機嫌だ。 ちっちゃな頃から朝からイカ。なんの歌にもならない。そしてイカは食わない。飽きた。トーストを食ってカフェオレを飲む。自転車に乗って学校へ行く。今年は受験生で、ひとりっ