日常で “ワンダー”に出会えない現代だからこそ、演劇を観る意味がある。
演劇ってなんだか難しい──。そう思っていたライター・あかしが、今回『プラータナー』の観劇ガイドのライティングを担当するにあたり、プロデューサーの中村茜さんにお話を伺う機会をいただいた。
そこで見えてきたのは、現代における「演劇」に触れることの意味……。未知なるものに出会い、想像をめぐらせ、「わたしの物語」を考える機会が、今、私たちには必要なのかもしれない。
聞き手・文=あかしゆか
作品『プラータナー:憑依のポートレート』とは
タイの現代史と、そこで生きる一人の芸術家を描く物語。国家、政治対立、芸術、セックス、ポップカルチャー、繰り返し起こる軍事クーデター。それらが渦巻くなかで、彼は人生の幸福と孤独に心と身体を囚われ、引き裂かれ、それでもなお生きることを望み、欲望する。2018年にバンコクで世界初演。 https://www.pratthana.info/
※この記事は、『プラータナー:憑依のポートレート』観劇ガイドの収録記事を編集したものです。観劇ガイドの詳細はこちらからどうぞ。
自分の想像力の豊かさを味わい、鍛えられる作品
── 『プラータナー』、おもしろかったです。どこか心がえぐられるような気持ちがして。演劇はあまり観ないですし、物語の舞台がタイということもあって、難しいところもありましたが……。
中村 そうなんです。『プラータナー』って、クライマックスがあるような、感動を与えられるわかりやすいステレオタイプの物語では全然ないんですよね。
だけどこの物語から読み取れること、感じられることはすごくたくさんあると思っていて、「想像力」を鍛えられる作品なんです。
自分たちの生きている社会の向こう側の世界、違う宗教観や違う国家観に触れられる。そして、それが生身の人間によって演じられているから、よりリアルに伝わってくる。
── たしかに。
中村 まずは、自分が持つ「想像力」の豊かさを、『プラータナー』を観て味わってほしいです。
情報社会では、
“ワンダー”に出会うチャンスが失われている
── 最近は『プラータナー』のような「わかりにくい」ものではなく、「わかりやすいもの」を好む人がすごく多いように感じます。
中村 そうですね。本来人間を動かす原動力って「わからないから知りたい」だと思うんですが、大人になると急に「わかること」を求めるようになるのは、なんでなんでしょうね……。
理由のひとつとしては、最近の情報社会のありかたが影響しているのかなと思います。
── 情報社会のありかた?
中村 情報社会では、自分にとってわからないもの、つまり”ワンダー”に出会える経験や時間、チャンスが失われているような気がするんです。
情報が最適化され、アルゴリズムで自分が受け取るものが計算されてしまっているから、自分の関心あるものが他者によって規定されて届いてしまう。
でも、人間の関心ってそんなアルゴリズムで計算されるようなものではなくて、もっとジャンプできるはずじゃないですか。いろんな関心を持てる力がある。
── その「関心を持てる力」が鍛えられる社会になっていない、と。
中村 はい。全然知らないもの、よくわからないものに出会える経験って、昔はもう少しあったんです。雑誌にも、もっと概念的空間としての自由が広がってた。全然知らないような、いろんな概念や理論に出会うチャンスがあった。
だけど、現在「ワンクリック」というアクションが必要になったときに、その行為自体は主体性があるようでいて、好奇心の開発が削がれていることにもなってるんじゃないかなって。
── たしかに、自分の興味が他者によって規定されている感覚があります。
中村 だからこそ、これからの時代の空気として、フィジカルに何かに出会える、知らないことを知れるものってもっと求められる気がしています。
「わからないもの」に触れ、「わたしの物語」を描き出す
中村 そのときに私は、「劇場」や「演劇」が役割を果たせるんじゃないかなと思っていて。知らないことに出会えたり、気づけなかったことに気づけたり、世界の同時代に触れられたり……。そういう「メディア」としての機能を果たせるのがまさに劇場だと思っているんです。
劇場って、起源を遡ると実際に「メディア」的な役割を果たしていたんですよ。
── そうなんですか?
中村 そう。新聞による印刷技術も、Webサイトによるインターネット技術もなかった時代では、劇場こそがメディアだったんです。
政治状況や、家族のありかたなどを、さまざまな物語にして伝える。そしてその場にいた民衆の中で喧々諤々(けんけんがくがく)議論が起こっていく。そういった、社会参加、民主的な意識を育む場所としての役割があったんです。一人ひとりの「自分ごと」が、民主的な社会を作っていた。
つまり、劇場は作品を受け取るだけの受動的な場所ではなく、その作品を見て、自分が何かを積極的に思う、考える場所なんです。「参加を許容する」場所。
だから今回の『プラータナー』では、本来の劇場としての役割を復権させるためにも、「語る」部分まで持っていけたらいいなと思っていて。演劇に触れることで、自分がどんな物語を生きているかを考え、語ってみるきっかけになる。だからこそ「あなたの物語」というコンセプトにしたんです。
── 一人ひとりが、より「自分ごと化」するために。
中村 劇場に行く、という行動はそもそもすごく主体的なものです。その行動が社会参加の意思表示にもなり得ます。ご来場くださった一人ひとりが、少しでも「これは自分に関係のある物語なんだ」と感じていただければうれしいです。
芸術は社会の中の余白みたいなもので、「まっさらな紙に落書きしていいよ」という自由をいつでも担保している。みなさんがこの作品を観て、ご自身のまっさらな紙に、それぞれの「わたしの物語」を描いてくださることを願ってやみません。