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私たちは、ほの暗い「広場」に集まり、すれ違う ――演劇『プラータナー』参加型企画「あなたのポストトーク」に寄せて

作品を見て浮かんだ疑問、自分なりの解釈などを他者と共有したら、どんな景色が見えるのだろう――。

国際交流基金アジアセンター主催「響きあうアジア2019」プログラムのひとつとして東京芸術劇場で開催された『プラータナー:憑依のポートレート』(7月7日閉演)の公演にあたって、関連企画「あなたのポストトーク」を実施しました。最終回の「あなたのポストトーク」に参加したフリーランス編集者の宮田文久さんによるエッセーをお届けします。

《あなたのポストトークとは?》
観客の創造力を可視化するための参加型プログラム。本プログラム講師でワークショップファシリテーターの臼井隆志さんが開発中の手法「3ピースダイアログ」に基づいて、語り手・聞き手・描き手の3役を3人1組で回す手法で実施しました。「個々人が自分の語りたいことを語る時間を担保できる」「個人の満足とみんなの満足を両立できる」「親密な空間をつくれる」という特徴があり、観劇後の解釈がさらに深まり、広がる時間となりました。詳細はこちらの記事をどうぞ。

▼筆者プロフィール
宮田 文久|1985年、神奈川・横浜生まれ。フリーランス編集者。株式会社文藝春秋入社後、『週刊文春』文化欄、『Number』『Number Do』で7年半の雑誌編集生活をおくる。2016年夏に独立。翌年に短編小説アンソロジー『走る?』を編集。http://editdisco.blog.jp/

そこで聞かれた言葉たちは、決して雄弁なものは多くなかったように思います。むしろ、おずおずと差し出される言葉たちだったといっていいでしょう。流れている空気自体はとても和やかな中で、目撃した舞台のことを思い返しながら述べられる、自他の間でこまやかに痙攣するような対話。

「集団でひとりの人間を暴行しているシーンが、印象的でした。それが目の前で行われているという、具体的なエネルギーを感じて……」と、ある男性が上演を思い出しながら口にすると、別の女性が「オレンジのサンダルや黄色の靴、そして人物たちの足元をカメラが追い、後ろに映像が映し出されるのが記憶に残りました。ずっと目線が低いんですよね」と、まったく異なる観点を提示する。
同じ舞台を見たはずなのに、こうして視線の違いを述べ合うふたりこそが演劇的では、とさえ思わせられるような会話が、そこでは展開されていました。

1992年から24年間にわたる、タイの動乱の月日。そしてその最中を、他者と性的に触れ合い、抱き合っては突き放しながら生き延びてきた主人公カオシンの人生。それらを4時間にわたって上演する『プラータナー』は、そもそも「全体像」の把握を観客に求めていない印象を受けます。

原作者のウティット・ヘーマムーン氏にしても、原作翻訳・日本語字幕制作を手がけた福冨渉氏が過去作について「『政治』の渦中にありながら、同時にそこから切り離された『個人』として『ふわふわ』と漂いながらその状況を俯瞰する。この二律背反的な特徴は、現代のタイ文学を象徴するものといえるだろう」(『タイ現代文学覚書』)と述べているように、アンビバレントな世界観が『プラータナー』を覆っているのです。

さらに、そうした原作を舞台化するにあたって、舞台袖に演者・スタッフたちが常にたむろし、時に談笑し、時に舞台に上がり、常に流動的であるような環境が設定されています。舞台のあちらこちらで、異なる出来事が同時多発的に発生する。舞台にばらまかれるナッツやガラクタたちのように、状況がまとまることはありません。「あなたのポストトーク」参加者のひとりが「いろんな人が動き回っていて、そこからタイの世の中の流れが透けて見えてくるようだった」と語っていたように。

幸いだったのは、「あなたのポストトーク」において、単純なタイ/日本文化の比較論がほとんど聞かれなかったことです。そもそも今や、そうした素朴な「比較」は成り立たないのだ、ならば私たちはどのように「世界」を語れるだろう、ということは、演劇のお隣の文学でも議論が進められています(デイヴィッド・ダムロッシュ『世界文学とは何か?』など)。その意味で、繊細な作業が作り手に求められる「国際共同制作」たる『プラータナー』にあたっては、鑑賞者たちにおいても――ダムロッシュが世界文学の未来を担うものとして述べる個々の「読みのモード」に比していうならば――「観劇のモード」のアップデートが図られなければなりません。

ここでひとつ、ある作家の文章から引用したいと思います。それは安部公房が1968年に発表した『内なる辺境』というエッセイです(ここで詳述はしませんが、安部を引用するのは故なきことではなく、『プラータナー』脚本・演出の岡田利規氏が2008年に安部の戯曲『友達』を演出していたことに端を発しています)。
安部は「正統」なるものを崇める「大地信仰」(国家の正統性への信仰)は終わりつつある、といいます。「異端」に溢れた都市という「内なる辺境」に向かう運動にこそ同時代性がある、といったことを述べながら、安部はこんな謎めいた節回しで、文章を締めくくります。

大地をたたえる「祭り」は終り、しかし新しい広場は、まだ暗い。国境を超えたゲバラは死んだし、国境を失ったベトナム人は戦火に身を焦がしている。だからと言って、絶望するのはまだ早い。都市の広場が暗ければ、国境の闇はさらに深いはずなのだ。越境者に必要なのは何も光ばかりとは限るまい。(『内なる辺境』安部公房)

約半世紀前に書きつけられたこの独特なフレーズから、「あなたのポストトーク」を考えてみたいのです。というのも、その「あなた」たる私たちが身を寄せ合っていた『プラータナー』の客席は、ほぼ全編にわたり至って薄い暗がりが漂っており、逆にいえば穏やかな光でずっと照らされていました。隣り合う人々の顔がぼんやり見える状態での、没入ではない、半ば覚醒した、自他を客観視しながらの鑑賞経験。
そこにいた観客同士の思いがどれだけ異なるのか、雑多であるのか、ということを、「あなたのポストトーク」で私たちは痛感したのでした。

会場の床には、事前にゲネプロ(最終リハーサル)を鑑賞した人たちによる種々のグラフィックレコーディングが並べられていました。グラフィックレコーディングとは会議の議事録などといった用途において、議論をビジュアライズする手段であり、円滑なコミュニケーションのために用いられることがほとんどです。

それが『プラータナー』という拡散的な舞台を描くとなると、おのおのの記録がまったく異なる様相を呈してきます。着目するシーンも違えば、そこから受け取る印象もまたバラバラ。グラフィックレコーディングの面白みはむしろここにあるのでは、とさえ思わされる光景が、そこには広がっていました。シーンを思い出すきっかけに、ということで並べられていたわけですが、むしろ自らの印象を重ね合わせようとすればするほど戸惑うこともありうるのです。

静まる客席は、ひとたび声を上げればハイブリッド(混淆的)である。同じ舞台を見たというだけでは、話し合うための共通基盤にならないかもしれない、という声さえ聞かれた「あなたのポストトーク」は、むしろ私たちを取り巻く所与の環境が「内なる辺境」なのではないか、互いのズレこそが逆説的な共通基盤なのではないか、という思いさえ抱かせます。

21世紀になり、正統性を謳う「信仰」が本当に終わったのかどうかは、それこそ『プラータナー』に描かれる、血塗られた歴史、その暴力の数々を見ていると、判断を保留するほかありません。しかし、実はとっくに日常は「内なる辺境」と化している――と、兆候論的に認識をアップデートする自由は、私たちに残されています。
そして、そうした立ち位置からこそ、未知なる作品への応答は可能になるのかもしれません。

主人公カオシンを指す「あなた」という呼称を全編にわたって繰り広げる『プラータナー』の出演者たちは、しかし作品の半ばに至るまで、客席の「あなた」にはほとんど視線をおくりません。舞台と客席の間にも、仕切りが設けられています。

後半に至って……2時間、3時間という時間をかけることでやっと演者たちは客席に呼びかけるようになる。「あなた」の響きに観客の私たちが含まれるようになって、仕切りも一端取り外されます。しかし、軍事クーデターなどの過酷な政治状況が舞台を覆っていく中で、また仕切りが設けられる。その後も、まるでデモの街頭に設けられては撤去されるバリケードのように、「あなた」の響きは紐帯と分断の振り子のごとく揺れていきます。『プラータナー』の登場人物たちが、どこまでも手に手を取り合えないように。

「見ているというより、一緒に演じている気持ちになっていた」という「あなたのポストトーク」参加者の感想は、そうした不断の揺らぎによってもたらされたのかもしれません。そう簡単に、「あなた」の物語は、「私たち」の物語になりきるはずがないのです

しかし一方で、舞台と客席は、ひとつの場として設定されている。それはまるで、ほの暗い「広場」です。『内なる辺境』のフレーズを思い返してみましょう。

「新しい広場は、まだ暗い」
「だからと言って、絶望するのはまだ早い」

「あなたのポストトーク」でバラバラのままに語り合った個々の「あなた」は、その差異によってこそ、バラバラの世界を表現した舞台と、一瞬だけつながることができる。そしてまた、その繊細な感覚を携えながら、各々の日常に戻っていく。
そう、私たちは、ほの暗い「広場」にこうやって集まり、互いの顔を見つめ合いながら、積極的にすれ違っていくのです。

文=宮田 文久
写真=加藤 甫

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