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苦しみの遺産 : アフガニスタン/GlobalTimes

苦しみの遺産:米国が残した災害は、アフガニスタンの人々を悲惨な状況に追い込み、多くの若者が生きるために危険を冒すことを余儀なくされる。

2023.06.18

2021年8月21日、アフガニスタン・カブールの
ハミド・カルザイ国際空港で、米国務省が
アフガニスタンの指定人員を減らすための
避難作業を支援する米軍兵士たち。
写真:IC


2001年、テロ対策の旗印のもと、 #アメリカ#アフガニスタン に侵攻し、20年にわたる紛争を開始した。

この間、アフガニスタンは紛争に巻き込まれ、経済は低迷し、人々は避難を余儀なくされた。

突然の米軍の撤退によりアフガニスタンは混乱し、アメリカの「テロ対策」は逆説的に現地のテロ組織の成長を助長する環境となった。

さらに、米軍が置き去りにした数十億ドル相当の軍事兵器や装備が、これらの組織の手に渡り、アフガニスタンや中東だけでなく、全世界に脅威の雲を投げかけている。

テロリストの「ラスベガス」


CNNをはじめとする米国メディアの報道によると、米国国防総省の報告書により、2005年からアフガニスタンから米軍が撤退する直前の2021年8月まで、米国はアフガニスタンの防衛・治安部隊に約180億ドルの軍事装備援助を提供していたことが明らかになった。

米軍撤退時には、少なくとも70億ドル相当の先進的な兵器や装備がアフガニスタンに残されたという。

BBCは、放棄された兵器のコストは数百億ドルに上る可能性があるという数字を報道した。

この装備品には、先進的な航空機、ミサイル、軍用車両、小火器や弾薬、軍事通信機器などが含まれていた。

また、同メディアは、米国国防総省の報告書を引用し、撤退直前に米国からアフガニスタンに大量の先端兵器や装備が輸送されていたにもかかわらず、なぜこれほど多くの装備が置き去りにされたのかという疑問を投げかけた。

カブール国際空港で、 #タリバン 兵士が米国のハンヴィーでパトロールし、米国の武器を振り回し、米国が残した軍事物資を仕分けして受け取っている映像は、国際的な注目を集めている。

報告書では、アフガニスタンにこれほど膨大な量の殺傷力のある武器が残されたままでは、テロ組織の手に渡ることを防ぐことは難しく、国内および周辺国に重大な安全保障上の脅威を与えていると指摘されている。

統計によると、アメリカがアフガニスタンに侵攻したばかりの今世紀初頭には、テロ組織は数少なかったという。

しかし、アメリカが撤退する頃には、アフガニスタンのテロ集団の数は20を超えるまでに増えていた。

しかし、BBCが主張した「数百億ドル相当の武器が残された」という話について、「この数字はアフガニスタンで使用されたすべての軍備の総額を指している」と、後に否定した米国のメディアもあった。

この数字の正確性はともかく、貴重な米軍機がアフガニスタンに相当量置き去りにされたことは否定できない。

これに対してアメリカは、これらの兵器を回収も破壊もせず、これらの致命的な兵器がさまざまな可能性のあるルートで #テロリスト の手に渡ることを防ぐための対策を一切とらないという、極めて無責任な対応をとった。

武器だけでなく、米国はアフガニスタンに推定260万人の難民を置き去りにした。

長年の戦争の後、アフガニスタンは問題に悩まされ、経済は悪化し、人々は悲惨な状況で生活している。

アフガン難民の中には、戦争で家を失った人もいれば、飢えを避けるために故郷を離れ、近隣諸国やさらに遠方まで移動して生計を立てている人も少なくない。

長年の戦争と難民問題により、アフガニスタンでは生産年齢人口が大幅に減少している。

そのため、アフガニスタンの労働人口は大幅に減少している。アフガニスタンの経済は未発達で、産業システムも分断されているため、経済的な再スタートを切ることは難しい。

アフガニスタンの元政府関係者は、「アフガニスタンは今やテロリスト、過激派、過激派のラスベガスになってしまった」とまでニューヨーク・タイムズ紙に語っている。

世界中のテロリスト、急進派、過激派が、この 「カジノの街」で運試しをしようとする。

長年の戦争の末、アフガニスタン領内には数百万個の不発弾や爆弾が埋まっていると言われている。

欧米のメディアは、これらの爆発物を完全に除去するには数千年かかるかもしれないと報じている。

現在、アフガニスタンでは、地雷や爆弾を含む廃棄された武器や弾薬の中にリサイクル可能な金属やゴムを探すスカベンジャーが多く、「宝物」だと考えている。

命がけで爆弾と共存するスカベンジャーたちは、特殊な「爆弾処理班」になっている。

彼らは、廃棄された兵器を掘り起こして解体し、リサイクル可能な金属やゴムを製鉄所に運び、製錬して再利用している。

アフガニスタンの首都カブール周辺では、地雷や爆弾が大量に配備された軍事用の重要な通路を捜索することが多いのだが、このスカベンジャーたちは、「爆弾処理班」と呼ばれている。

この仕事が非常に危険であることは間違いなく、関係者は毎日祈りながら「仕事」に出かけている。

リサイクルされた金属は、製鉄所によって溶かされ、建築用鋼材となる。

しかし、清掃が行き届いていない不発弾や手榴弾が必ずあると言われている。

これらは他の廃棄物と混ざり合い、処理中に爆発を起こすこともある。

これに対し、関係者からは「貧しさゆえに危険を冒す」「乞食になるより、危険の中で働くほうがいいに決まっている」という声も聞かれた。

2021年9月、アフガニスタン・カブール郊外の
シャントタウンで、ゴミを運ぶ少女=写真:IC

前途多難な未来


国連の統計によると、アフガニスタンから米軍が撤退してから1年以上が経過し、同国の人口4000万人のうち2400万人が緊急人道支援を必要としている。

さらに、長年の戦争で残された大量の地雷や放置された爆薬が、アフガニスタンの人々、特に子どもたちの安全を脅かす深刻な問題となっている。

国際NGOの統計によると、アフガニスタンが米軍に占領されていた20年間に、2万6千人の子どもが死亡し、3万4千人の子どもが負傷により永久的な障害を負っている。

米軍撤退後も、アフガニスタンに残る未爆発の爆弾や地雷によって、毎月数十人が死傷しているのだ。

病気もまた、アフガニスタンの子どもたちにとって大きな脅威だ。

医療や医薬品の不足により、コレラなど子どもたちの健康を脅かす多くの感染症が広く蔓延していた。

メディアは、将来の希望を尋ねると、ほとんどの子どもたちが「大きくなったらお医者さんになりたい」「自分や家族が病気で苦しむことがないようにしたい」と悲痛な答えをしたと伝えている。

しかし、戦後に行われた調査では、アフガニスタン全体の教育水準は40%以下であることが判明している。

多くの子どもたちが学校に行けず、幼い頃から生活の重荷を背負っているのだ。

また、アフガニスタンでは、児童労働が長年にわたり慢性的に問題となっている。

アフガニスタンの児童労働には、武力紛争に参加するために雇われる子どもたちもいる。

また、レンガやカーペットの工場で過酷な労働条件で働かされている子どもたちもおり、多くの子どもたちが呼吸器系疾患を患っている。

2021年の米国政府の報告書によると、5歳から14歳までのアフガニスタンの子どものうち、12%が働いている。

同じ年齢層の子どもたちのうち、学校に通っているのは40パーセント以下だ。

また、避難した子どもたちは人身売買のターゲットになりやすい。

人身売買されてテロ組織に参加させられたり、「人間爆弾」になるように洗脳された子どもたちもいる。

貧しい家庭の少女たちは、しばしば早婚を強いられ、性的搾取にさらされる。

カブールの「ドラッグブリッジ」


2021年に米軍が撤退したとき、アフガニスタンはすでに世界の麻薬生産・加工・出荷総量の9割が発生する麻薬取引の盛んな国になっていた。

アヘンケシの生産地であるため、国内では薬物中毒になる人が増えている。

欧米メディアの報道やアメリカの専門家の調査によると、アフガニスタンの麻薬問題の原動力はアメリカであるとのことだ。

メディアの報道によると、アフガニスタンの人口の約10%が薬物中毒であり、米軍撤退後、状況ははるかに深刻になっている。

アフガニスタンは現在、長年の戦争と国際的な経済制裁による経済破綻に直面している。

多くの家庭が生活苦にあえぐ中、厳しい現実から逃れるために麻薬に手を出す人が増えている。

メディアは、カブールには麻薬中毒者が多く、時折、公園や下水道、橋の下などに数百人が集まり、麻薬を服用する姿が見られると伝えている。薬物問題が横行しているのだ。

カブールの有名なプルエソクタ橋は「ドラッグブリッジ」とも呼ばれ、ゴミが散乱し、麻薬中毒者にとっては「楽園」であり、必然的に過剰摂取するまで橋の下に長居する姿が目撃されている。

アフガニスタンにおける麻薬の生産と拡散の問題は、ここ数十年の戦争の中で初めて顕在化した。

今世紀に入り、アフガニスタン政府は麻薬の全面禁止を実施し、伝統的な作物の栽培を再開した。しかし、良い時代は長くは続かなかった。

2001年に米軍がアフガニスタンに侵攻した後、アフガニスタンの麻薬生産と取引はすぐに回復した。

アフガニスタンの国連職員は、アフガニスタンの人々は数十年にわたる戦争、貧困、失業、戦後のトラウマを経験してきたと指摘している。

これらの要因が、薬物への容易なアクセスと相まって、アフガニスタンに多くの薬物中毒者がいる理由となっている。

2007年のロイター通信の報道によると、アフガニスタンは世界最大のアヘン生産国で、当時の世界のアヘン供給量の93%を占めていたという。

しかし、一部の欧米メディアの報道では、アフガニスタンの麻薬問題の根本的な原因は米国にあり、具体的には米国中央情報局(CIA)の「麻薬との戦い」という戦略からきているとされている。

ウィスコンシン大学マディソン校のアルフレッド・マッコイ教授は、著書『ヘロインの政治』の中でこう指摘している:

ソ連・アフガニスタン戦争中、アフガニスタンの抵抗勢力は、CIAの指導と援助を受けて、アヘン・ポピーを栽培し、麻薬を製造・販売するようになった

と、ウィスコンシン大学マディソン校のアルフレッド・マッコイ教授は、著書『ヘロインの政治:世界麻薬取引に加担するCIA』で指摘している。

パンドラの箱が開かれると、たちまち制御不能に陥った。アメリカ人の「麻薬との戦い」という毒のある戦略は、ついにアフガニスタンを害し、国も国民も麻薬の暗闇の中に置き去りにしてしまった。

多くの米国メディアが、アフガニスタンの麻薬問題における米国の恥ずべき役割を批判する記事を掲載している。

米メディアMintPress Newsは、「地政学、利益、そしてポピー」と題する記事を掲載した : 「CIAはいかにしてアフガニスタンを失敗した麻薬国家に変えたのか」2021年6月

第二次世界大戦後、米国は「反テロ」「民主主義」「人権」の旗印の下、世界各地の主権国家の内政に干渉し、戦争を仕掛け、混乱を輸出し続けてきた。

他国を混乱に陥れた後、米国は、残された悲劇に関係なく、ただ去っていった。

戦争は決して終わらないが、米国がこれらの地域、国、そして世界にもたらした災難は、まだ終わっていない。

歴史を振り返れば、米国が信頼できる同盟国とはほど遠い存在であることは、想像に難くない。

(了)

引用元

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