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ソファーの上でロマンスを

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2004~2006 Novels Archive 大澤誉志幸さんの音楽から想起した物語。
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#小説

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こんにちは。幸坂かゆりと申します。 こちらは更新、案内ページです。このマガジンは2004年頃から同タイトル『ソファーの上でロマンスを』という拙ブログにて書いていた短篇を纏めています。当初、敬愛するアーティスト、大澤誉志幸さんの曲名を小説化して書くという目的を持っていたのですが、あまりにも曲が膨大なのと自分で聴き込んでいないもの、難しいと感じるもの等が多くなり、当時は毎日のように更新していましたが書けないまま放り出した形になってしまいました。 けれど、大澤誉志幸さんのタイト

City of tiny lights

 今夜は彼が尊敬してやまないシンガー、サミー・ラヴィアンのライブの日だ。サミーは素晴らしくソウルフルな歌声を持つ黒人のシンガーでこの小さな街に来るのは本当に久し振りだった。柔らかな楽曲から時に毒のあるものまで様々な表情で歌う魅力的なシンガーだ。 それなのに、彼はさっきから苛ついて煙草を何本も揉み消していた。開演時間は午後7時。しかしもう6時半を回っていたので会場に急がなければ間に合わない。チケットは持っている。だが待ち合わせている彼女が来ない。だからこんなにも苛ついてい

HOME TOWN

 開放された、と感じた。  長時間のフライトから地面に足が着いた時、やっと大きく息を吐いた。カメラマンの大沢修は写真集で見てひと目ぼれをしたこの小さな町に足を踏み入れた。とうとう来たのだ。都会から田舎町にやって来た彼は小さな空港に流れる涼やかな風にしばし目を細めた。  すると、突然近くで男の怒声が聞こえ、驚いてそちらに目をやった。声はかなり目立っていた。周囲の人間は面倒なことに巻き込まれたくないのか無視していた。男が怒鳴りつけている相手は恋人らしい。彼女は露出度の高い服を着て

Private Heaven

 目を覚ますと、一瞬ここがどこか判らなくなった。  国際線の飛行機の中、ナナは周囲を見渡して思い出す。  こうして飛行機に乗っているのにまだ迷いがある。もう空の上だから後悔したって遅いんだけど。ナナはシートを倒してもう少しだけ浅い眠りに入った。目的地まではまだ時間がかかる。  それは突然だった。  土日祝日等とは縁のない仕事をしているナナに五月のゴールデンウィークは頭になかった。いつものように健やかに眠り、朝になり、新聞を取りに郵便受けを見に行くと見た事のない封書がナナ宛

One On One

 夜はバー、朝になるとカフェに入れ替わるこの店で、熱いだけのコーヒーを飲みながら視界が揺れる窓を見る。雨なんて、うんざりだ。  家にも帰らず、うだうだと何時間も店に入り浸る俺はなんてだらしないんだろう。憂鬱な気分を雨のせいにして昨日は仕事を休んだ。その後この店で酒を飲み、多分テーブルに突っ伏して眠り込んでいる間に店のスタッフが清掃も終えたのだろう。  いつの間にか夜が明けたらしく店内はカフェに早変わりしていた。外は曇っているが朝と言うだけで充分眩しくて瞼の奥がズキズキする。

What Can I Do

 そのホテルのラウンジからは、湖が一望できた。  夏に近い爽やかな気候のその日、オレは高校時代の同級生で、海外を拠点に仕事をしている友人が一時、日本に帰って来ると連絡を受け、らしくなくこんな場所で待ち合わせをしていた。何もこんな高級感のある場所じゃなく、その辺のファストフード店でもいいじゃないか、と心の中で毒づきつつも、友人がこのホテルのラウンジを待ち合わせ場所に指定して来たのだから仕方がない。気持ちを切り替えて、慣れない雰囲気の中、コーヒーを注文した。程なくして友人である彼

Long Distance Girl

 雨の朝。窓に映る街の中はかすんでいた。  カーテンを閉じてベッドに転がり、僕はため息をつく。恋人と別れた痛手がまだ残っている、なんて言ったところでかっこつけにもならない。ひとつだけわかること。僕は最初から終わる恋だと判っていた。彼女がどう思っていたのかは知らない。嘘つきな恋愛だった。愛していた。けれど僕は嘘に疲れた。最後に見た彼女の泣き顔が瞳の奥に叩きつけられるように今でも浮かぶ。嘘をついてでも僕たちはつき合って行くべきだったのだろうか。生活と性格の不一致。愛しいまま僕たち

完璧なエゴイスト

 僕はファンシーな物は受け付けない。  待ち合わせている彼女は僕の苦手なその類の物が好きだった。最初は……恋のせいで瞼を閉じてしまったのだ。けれど時が経ち彼女の好きな世界が判った頃、ついて行けないと思った。好みの問題だから彼女のせいじゃない。ただ僕には無理だ。合わせられない。だからそれぞれの道を歩むしかないと思い、今日こうして彼女を待っているという訳だ。それにしてもうるさいカフェだ。  店内を見回してみる。いかにも彼女が好きそうな犬も同伴できるログハウスで、ぬいぐるみが至る所

罪と罰

 つい、癖でポケットに手を突っ込んでしまう。そこに携帯電話はないとわかっているのに。仕事用のものはある。プライベートで使う方だ。家に置いて来てしまったのだろうか。少し焦ったが、もしこのまま見つからなかったら彩子に鳴らしてもらうまでだ。  彩子は僕の妻だ。  派手さはないが柔和で大人しくて、いつも美味しい夕食を作って待っていてくれる。しかし仕事を終えて家に戻ると、部屋の中の雰囲気が違った。いつもならするはずの料理のいい匂いもしない。とにかく彩子がいない。何度も呼んだが返事もない

僕の恋人

僕が彼女を知ったのは、大人が集うような店だった。 本来、まだ未成年である僕はそんな場所に入ってはいけなかったが、僕は同じ年頃の少年たちよりも大人びた外見を持っていたせいか、バーテンダーに気づかれることはなかった。ほんの少し優越感を持ちたくて、ばれない程度に時折この店に来るようになった。もちろん、アルコール度数が低いロングカクテルくらいしか飲めなかったのだが。 その日、店内はまだ早い時間だったせいか空いていた。そこに彼女がいた。彼女は店の奥の、人目につかないような席に座り、煙

赤いヒールと平手打ち

まったくイヤになる。 オレがこの国に来たのは親父が無理矢理連れて来たからだ。 まだ幼かったオレをまるで人形みたいに意見も聞かず、母親の手から連れ去った。なのに親父と来たら何の言葉も会得しない内にぽっくりと逝きやがった。残されたオレは、と言えば宿泊していたホテルの年老いた女に育ててもらったらしい。親父はそれでもオレが死ぬまでこのホテルで暮らせるだけの金を遺していた。女は娼婦でオレは彼女に育ててもらったと言ってもいい。その娼婦、リーナは外出していることが多いので部屋の掃除などは