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銀河より愛玩を込めて

 ※以下のテキストは『動画で学ぼう!銀河の社会 16』に収録されている映像を日本語訳したものである。基本的に音声情報のみを表したが、一部訳注や映像情報も併記した。また、文中に表記されてある単位系は、全て地球で一般的に使用される物に変換している。


 地球人。その愛くるしい容姿や動作から多くの汎銀河系人から人気を集めてきた原始文明生命。その人気はある騒動をきっかけに沈静化していましたが、近年になり再び注目が高まっています。そんな彼らと我々との関係を、探っていきましょう!

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 ごらんください、ここは地球の外気圏。ここには今も汎銀河系人の観光客らの船がたくさん訪れており、その数は19.3時間(訳注 : 汎銀河人文明における1日に当たる時間)あたり平均して5000隻にもなります。彼らの目当てと言えばもちろん、地上の人間たちですね。彼らの生態や社会のあり方は、私達に癒しや感動を与えてくれます。ここでカメラを地上に向けてみましょう。地球人たちが細長い鉄箱に押し込められています、かわいいですね。地球上ではそういった愛らしい光景が日々繰り広げられているのです。

 ここを訪れる銀河人たちは癒しを求める者が大多数。ですが他にも、中には求愛や交配の様子を見守ったり、戦争の勝敗を予想し合うといった、刺激的な楽しみ。最近ではどういった理由か、惑星全体で巣内に籠ったり、顔の半分を覆い隠したりする地球人が急増するという珍事も発生しましたが、これがかえってかわいらしいと話題になったのも記憶に新しいですよね。いまや人気を欲しいままにする地球人ですが、皆さまが産まれるより前、地球が発見された頃では、今とさえ比較にならない程の旋風を巻き起こしていたのです。

 惑星調査師団が地球に初めて到達し、地球人を撮影した動画はたちまち銀河中で再生され、その動画内で調査兵が呟いた「殺しは待て!かわいいぞ!」は当時の流行語となりました。更には、中央政府も当初は地球の侵略を画策していましたが、市民の声を受けて中止としたのです。この侵略中止は我々が宇宙に進出して以来初めて事で、いかに彼らの愛くるしさが影響をもたらしたかが伺えるでしょう。

 19.3時間当たりの観光船数はピーク時でなんと88900隻。今とは比べ物にならない数で、屋台船なども活発に商いをし、多くのグッズ類が販売されました。そんな最中、我々が抱いていた地球人へのイメージが根本から覆る事件が発生するのです。地球調査に派遣された生物解剖学者によって解析された地球人の詳細な解剖図、その中でもあの脳髄のイメージ図が人々に拡散された時でした。

 無理もありません。みなさんも理科の授業で習ったかと思われますが、わたしたち汎銀河人の持つ脳髄というは、共生関係にある無数の細胞群体によって形作られていて、彼らが知性ネットワークを張り巡らる事により、我々は物を考えたり感情を抱いたりする事ができるのです。一方、地球人の持つ脳は我々の常識ではまったく考えられないような形状……例えるなら「無数のジォ:マ線虫が球状に絡み合い、交尾しているかのよう」とでも言うべき、極めてグロテスクな忌々しい形状の肉塊なのです。

 これに市民らは大いにショックを受けました。翌19.3時間後の鑑賞客は十数隻にまで激減、地球人を撮影した動画を削除するアップロード者が続出。地球人愛好家らの間では現実逃避をし真実に異を唱える派閥と、中身を含めて愛そうとする派閥とで分断がなされてしまいました。他方では、違法に捕獲された地球人らが殺処分されたとの記録も残っています。

 心象の悪化は留まらず、遂には「地球人に対する駆除戦争を初めよ」と要求するデモ活動が、各コロニーや開拓都市で発生してしまいました。この運動はしばらくして沈静化しますが、我々の地球人に対する冷え切った感情は、元に戻る事はありませんでした。やがて市民らは地球人の事を忘れるようとするかのように話題を控え、僅かに数える程度の鑑賞客らも姿を消し、地球人を愛でる文化は死を迎えたのです。

 しかし今からおよそ33.7年前、そんな状況は打ち破られるのです。その立役者はデラヴシス教授。彼は幼少の頃第一次地球人ブームに直撃し、それから世間の熱が冷えきってもなお密かに地球人たちを愛し続けていました。その後遺伝子工学の博士号を取った彼は、ある研究に取り組み始めたのです。それは「野生地球人の醜い脳を除去し、代わりに我々銀河人のような美しい細胞群体の脳を持つ品種を産み出す」という大胆なものでした。その当時の事を、デラヴシス氏は語ってくれました。

 デラヴシス : これは私の人生に与えられた命題なのだ!……なんて覚悟で研究していたね。若さゆえの愚直さ盲目さそのものな感じで。でもそんな気持ちじゃなければ、とてもこの研究は続けられなかったろう。私は研究の過程で計1168頭の地球人を使用したが、彼らを捕獲するにもいちいち面倒な手続きを取る必要があったし、なにより地球までの渡航費を自腹で払わされるなんて有り様で辛かったんだ。なにせ、こんな不人気で役にも立ちそうにない異星生命の研究に予算なんて降りる筈がなかったから、仕方ないね(笑)。

 デラヴシス : そんな訳で成果を挙げられねば破産する勢いだったね。だから本当に良かったよ。これはあくまで非科学的な信仰に過ぎないけれども、彼らが私の愛に答えてくれたのだと思っている。だからお前の事も、もっともっと感謝してやらんとな(彼の飼い地球人の頭を左第一触手で撫でながら)

 こうした努力の甲斐あって細胞群体の脳を持つ、いわゆる『代替脳地球人』は開発されたのです。この成果が発表されるや否や「気持ち悪い中身を気にしなくて済む」「我が家に迎えたい」との声が多く寄せられ、それに次いでバイオ系メーカーやペット業界が、この代替脳地球人をペット化しようとのプロジェクトを持ち寄ったのでした。

 こうして代替脳地球人の生産が始まり、社会に普及し、受け入れられるようになったのです。今や、飼い主と共に街を散歩する地球人、店のケージで眠る地球人の子供ら、お店に並ぶ地球人向けエタノール入りおやつといった光景は、こうした人々の努力や思いなくしてはなくしてはあり得なかったでしょう。

 そして、そんな飼い地球人の内一定の割合の個体は、母星である地球に強い関心を抱くのです。最近ではそんなペットの欲求に答えるべく、地球外気圏へと観光に赴こうという動きが、飼い主の間で広まりつつあります。かつて盛況を極めた地球人観察という娯楽は、今や我々と地球人の2種族が心を通わす場と昇華されたのです。

 これと同時に、飼い主でない市民らの観光客も増加し始めています。社会に地球人という存在が浸透した事によって、地球そのものに対して抱いていた忌避感が薄れつつある事の所作であると言えましょう。

 以上が、地球観光客が再び増加している理由でした。しかし、我々銀河人と地球人との絆は、将来より発展するだろうと、デラヴシス教授は語っています。そのカギは、脳代替種の地球本土への流入にあると言います。

 デラヴシス : 統計によると、地球上に置き去りにされた飼い地球人の数は、これまでの累計で19500頭にもなるらしいんだ。その最大の要因が、悪質な飼い主や業者による不法投棄で、その次が、ペット自身の意向によって地球で独り立ちするという例です。前者は論外、後者もあまり褒められた行動ではないが、これが興味深い影響を与えたんだ。生徒のみんなには、今から言う事から考えて欲しい。1つは、地球上の野生地球人と脳代替種との間で子を為す事ができるという事、もう1つは、脳代替種の持つ脳の形質は、野生種に対して優性を表すという事。……つまりだ、脳代替種が地球で交配すればするほど、脳代替種がどんどん増えるって寸法だ!

 デラヴシス : これの良い所は、野生種が減少するってだけには留まらないだろう。ペットとして販売される地球人は、我々銀河人に従順で友好的な種が好まれるから、ほとんどの品種がそうなるよう改良されている。この友好的地球人があの地に増えれば、我々と現地地球人が交流し合う未来も、きっと夢ではないんじゃないかな。これには遺伝子の保存と言う観点から賛否両論が分かれている事だけど、私は全面的にいいと思う。

 デラヴシス : 私が脳代替種を開発するまでの年月、それは地球人と地球人好きにとって辛辣を舐め続けさせられた時間だった。地球人という存在の可憐さ、美しさが再び銀河に広まるのならば、それに越した事なんて何もないだろう?

 ……汎銀河人と地球人、2種の間の関係性は今大きなうねりを迎えています。これから先の地球は一体どうなっていくのでしょうか。みんなで一緒に考えてみてはいかがでしょうか。

 (終)

Photo by NASA on Unsplash



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