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再雇用前に会社を辞めました! -96-

 こんにちは、ケロヨンです。
先回は40年前も今も上司に意見しないイエスマンの人間が上司に気に入られて出世していく、との見解を書いたけど、今回は自分がヴィジョンを持つ事になったきっかけを書こうかな。
どんな事をやろうとしているのか?は次々回以降に書くよ。
【40年前と現在のキャリアパス相違点】(続きその6)
 先回書いた出世していく人間の特徴だけど、40年前も今も余り変わっていないように感じているんだよね。
何故ならば、最近では元電通の高橋容疑者が捕まったように、会社の中で強い立場になってくると事の善悪が分からなくなってくるのか?悪い事をしても自分を告発する勇気が有る人間はいない、と高を括っているのか?分からないが、平気で不正をしている輩が依然多いにも関わらずその強い立場の人間(評価者)を内部告発する人は殆どいないからだ。
結局見て見ぬふり(又は片棒を担がされ)して、自分が良い評価をされる事や自分が出世コースから外されないように考えて「大人の対応(?)」をする奴が殆どじゃないかな。
俺はそれが嫌だったので理不尽な上司には徹底的に立てついた。
そのお陰で評価は最悪で、進めていたプロジェクトも無理やり止めさせられたりと徹底的に潰された。
今にして思えば、何をされても我慢してうつ病になってでも大会社にしがみつくって言う選択肢も有ったけど、俺は理不尽な扱いし始めたS部長が上司になった頃(2016年4月)までは持っていなかった自分のヴィジョンと言うものを、このままでは会社に居続けても自分が惨めになって行くだけだと思い始めた2018年頃から意識するようになって来たんだよね。
 俺は誰に喜んでもらう為に働いているんだろう?って思うようになり始めた時にふと思ったのは、今までは上司や会社に評価してもらう為に自分より上位の評価者に評価されるにはどうすれば良いか?が行動指針になっていた事に気が付いた。
これは今までであれば当たり前のことだと思うが、自分が電通に勤めていて上司が高橋容疑者だったらどうだろうか?少し想像しただけでもぞっとするのではないだろうか?自分も犯罪者の片棒を担がされ、今は刑務所かもしれないのだから。
社内のコンプライアンスが日本社会で重視するようになって来たのは2006年頃からだからもう16年も経つのに未だに企業の不正や政府機関での不正(今回はオリンピック委員会だから準公務員扱いだけど)が後を絶たないのは何故なんだろうって考えた時に思いつくのは、この評価者至上主義の日本企業の悪習だと思うんだよね。
 特に大企業は自浄作用が働かない評価制度が未だに残っているので余程経営者が英断して社内の評価制度や会社の組織の在り方を根本から変えないといつまで経っても評価者の目の色を伺って仕事をする奴が殆どになって革新的な経営改革、ビジネスモデルや技術開発は到底望めそうにないよね。いつの世も革新的な事をやってのけるのは異端児だから、異端児を排除する日本企業はこれからどんどん世界に取り残されていくと思う。
 また話が逸れてしまったけど、俺はそういう意味では少しだけど異端児だったので会社を定年前にスパッとやめてしまった。何故ならヴィジョンを持ったから。残りの人生をこのヴィジョンを実現させる為に使おうと決断した訳だ。
 俺が持ったヴィジョンは
「世の中のシニア世代が生き生きと働ける世界の実現」
なんだよね。
このヴィジョンを何故持ったのか?と何をしようとしているか?は次回書くよ。


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