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Altruism【利他主義】~純粋な「利他」はあるのか?

  この記事は、「altruism(オルトルイズム)」についての前の記事からの続きとなっている。その内容を簡単に復習してみる。

 「altruism」という英語は日本語へ翻訳される際に、大乗仏教の「利他」という用語があてられた。これは「他人を思いやり、自己の善行による功徳によって他者を救済する」という意味だ。

 けれども、現在の辞書で「利他主義」という言葉をひくと、ブリタニカ国際大百科事典では「自己の利益よりも、他者の利益を優先する考え方」とあり、他の辞書でもことごとく「…な考え方」と説明されている。

 つまり、英語の「altruism」の翻訳にあてられた大乗仏教の「利他」には「考え方」とともに「行動(善行)」が含まれているのに、辞書の「利他主義」からは善行という「行動」が欠落している。

 そもそも「利他」の捉え方は、大乗仏教と「それ以前の仏教」でも異なる。大乗仏教は、「それ以前の仏教」が出家した僧が修行によって悟りを開き、「阿羅漢」になるとは利己的であり、善行を積めば誰もが「菩薩」になれると説いた。これに対して、「それ以前の仏教」は大乗仏教が勧める善行は一見、利他に見えるけれど、最終的には自らの悟りをめざしているのだから、実は利己的だと反論した。

 どちらの主張にも一理あるうえ、この議論は、利己がいっさい混じらない純粋な「利他」は存在するのか、という究極の問いにつながっている。純粋な「利他」は在るのか、在り得ないのかという問いには、様々な学問分野が解を示しているので、それを観てみよう。ここまでが、前の記事の復習だ。

 さて、様々な学問分野の見解については、慶應義塾大学名誉教授 岡部光明氏が整理されている。その知見は、この記事の最後に概略を紹介するが、諸学の見解には違いがある。その是非はさておき、私はポジティブ心理学の源流であるサイエンス オブ ハピネス(幸せについての科学)のウォッチャーであり、ビジネススキルやカウンセリングスキルのトレーニングに神経科学の知見を適用している講師であり、ついては、人には「利他心」があり、必要に応じて「利他行動」を実践すると考えている。 

 そして、何よりも注目すべきことは、「利他」の実践で、私たちはより幸せになれるという事実だ。利他行動が幸福度を高めることは、サイエンス・オブ・ハピネスの実験や研究が証明しているので、今後、このマガジンで折々に紹介していく。

 ともあれ、利他の実践つまり「他者ファースト」によって、他者を幸せにするばかりか、自らも幸せになれるわけだ。ついては、このパンデミックを「Altruism【利他主義】」の本意を知り、「利他」を精神論にとどめず「行動」として実践し、習慣化する好機と捉えたい。

 パンデミックによって、あるいはパンデミックの以前から混迷が続く現在、純粋な「利他」であっても、最終的に「利己」をめざす「利他」であっても「他者ファースト」つまり「利他」の実践をとおして、私たちは他者を幸せにし、自らを幸せにし、幸せの循環を創り、優しい社会を創れるのだ。

 未来予測で知られるフランスの経済学者ジャック・アタリ氏も、新型ウィルスによる全人類の危機を乗り越えるには「利他主義」の実践が必要、と説いている。

 心から行動へ。それぞれが「利他主義」を実践し、他者に奉仕して他者を幸せにしつつ、自らの幸福度も高め、社会全体の福祉を向上するという「他者ファースト」の循環を今こそ作らなければならない。生物学では、人類は人類という種の保存のために、「利他」を遺伝的に授かっていると考えている。つまり、「利他」の実践は個々人の命を守るためにも、人類という種をつなぐためにも不可欠な戦略というわけだ。

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補)「純粋な利他は存在するか?」という問いに対して、諸学がどのように結論づけているのか。慶應義塾大学名誉教授 岡部光明氏が整理された諸学の見解のおおよそを下記に紹介する。

 まず、経済学では「人間は利己心だけを持ち、利他心はもたない存在」と結論づけている。一方、心理学では、最近30年間の様々な心理学実験が「人間は自分が保有する各種資源を他人に与えることによって幸福度を高める面があることが確認」し、「人間は利他心を持つ」と結論づけている。

 なお、岡部氏は「自分が保有する各種資源を他人に与えれば高い満足度につながる」のは、「あくまでも結果論(事後的に発生する状況)」で、「事前にそれを目標として行動している」わけではないと強調しています。
 
 また、博物学者ダーウイン(1809-1882)の進化説を引継ぐ生物学では「適者生存」は人間にもあてはまり、人間は「人類生存のために先天的に利他心を持つ」と説明している。「適者生存」とは、個体は「他の個体を生き延びさせることができるならば、自己の生存や生殖を犠牲にしても集団を生き延びさせる行動を取る」という仮説である。 

 さらに、神経科学は「人間が慈善寄付を行えば、脳の快感を知覚する部分が反応する」といった実験結果から、「人間の利他的行為は神経学的な基礎をもつので、人間には利他心が備わっている」という見解を示している。

 なお、本文でも記したが、私はポジティブ心理学の源流であるサイエンス オブ ハピネスの学徒であり、ビジネススキルやカウンセリングスキルのトレーニングに神経科学の知見を適用している講師として、人には「利他心」があり、必要に応じて「利他行動」を実践すると考えている。

引用:利他主義(Altruism)の動機と成立構造について
   慶應義塾大学名誉教授 岡部光明氏
   SFC ディスカッションペーパー SFC-DP 2014-002

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