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幼稚園で父の日のカードを書く時に先生に「お父さんいないから」と言ったあの日

ぱせりんです。ものごころついた時から、わたしの家にお父さんはいませんでした。おじいちゃん、おばあちゃん、お母さん、叔母さん、叔父さん、わたし。6人家族でした。お父さん、会った覚えもありませんでしたし、名前も知りませんでした。

「お父さんは仕事に行ったまま帰って来ないんだー」って母は言っていましたし、わたしもそれ以上のことを聞きはしませんでした。

わたしは年中から幼稚園に入ってたのですが、年中さんのときの先生はベテランの先生でした。その年は「お父さんいないから」と言うと、とっても自然な流れで「おじいちゃんかお母さんに書こうかー」と言ってもらえてなんの違和感もなくカードが書けたのです。

翌年、年長さんは1年目の新人の先生でした。父の日のカード、ぜんぜん平気で、わたしの頭の中では、おじいちゃんにカードを書いて、敬老の日におばあちゃんにカード書けばぴったりだ!って思ってました。でも先生に「お父さんいないから」と言った瞬間、驚かれてしまいました。先生はものすごく慌てて、真っ青な顔して、隣の組の先生を呼んできました。隣の組の先生に「お母さんに書いたら」と言われて…。なんか先生の言うこと聞いて、お母さんに書かなきゃいけない気がして、おじいちゃんに書くはずだったカードは書けませんでした。

その時書きながら反省しました。お父さんいないって言ったら、びっくりされちゃうんだ、って。あの時のことは印象的でいまだに忘れられません。

それからは別に父がいなくても大した問題もなく(そんなもん)、普通に大人になって。でも社会人になった年に、ふとした時にわたし、父の戸籍を取ったんです。やっぱり知っておきたいかなって。そしたら本籍地が静岡の清水になってて。年齢も70近くて。あ、これ死なれる前に会っとかないと後悔する!!と思って、わたし、その年のお盆休み、北海道から、一人で静岡に旅行に行きました。

そして清水の市役所で戸籍抄本を取って住所に突撃!(これほんと良い子はマネしないでね!親といえどもアカンよこれは!!)

ピンポーン

「札幌から来ました!(本名)です!」って(笑)

そこからは、一緒に焼肉食べたり、いろいろ静岡観光したり…(笑)最初の画像は父と食べた鰻です。お金ないくせに松。でもまあわたしは松を食べるくらいの資格はあったでしょう。

もともとトラックの運転手してて、本州の方が稼ぎがいいと思ったそうで。でもなかなかうまくいかなくて自分の暮らしが精一杯で帰れなくてと。その瞬間、ほんとに仕事に行ったまま帰ってこなかったやつやん!母なにひとつ嘘ついてないやん!ってなりました(笑)

「仕事に行って帰ってこない」ってすっごい仕事してて忙しくて家庭を蔑ろにしてた、の方でイメージしてたのですが、「足の上に鉄筋が落ちてコンクリートの間に挟まれて怪我して労災が降りた時、働かなくてお金もらえて幸せだったかもしれない」みたいなこと言われて、そっちだったかー!(笑)とは思いましたが。

あとはわたしの顔を見た時に「自分の母親のことを思い出した。思い出したのは40年ぶりかもしれない」って言われたのが印象的だったかなあと。タクシー乗った時運転手さんに別に親子とは特別言ってなかったにもかかわらず「娘さんと仲良いんですねー」って言われたのも。あ…似てるのか…(笑)ってなったかな。

ちなみに旅行から帰って母に「父に会った」と伝えたら「えー」って言ったままフラフラと和室の布団に倒れ込んで開口一番「お金なかったでしょ」って。この時、あ、この人たちほんとに夫婦だった時期があるんだなって思いました。

それからもう5年以上会ってないんですけどね。向こうからは連絡できないみたいなので(笑)、結婚したことも言ってませんし、生きてるうちに会うかは分かりませんし、父の日にもわざわざ連絡はしません。

でもわたし、お父さんいるから。

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