決して働くな

 ムームーは常に頓服薬を持ち歩いていた。ふるいミッキーマウスが描かれた、かわいいブリキのピルケースに入れて。私たちがオセロタウンに行く夜行バスに乗っていた時も持っていた。薬と間違えてオセロを飲むんじゃねえよ、そして、オセロと間違えて薬をひっくり返すな、裏は黒くない。私たちはどの面も白い。つまり、面白い。おかしみのある私たちだ。ところで、それはいつ飲むんだい?と、夜行バスの中で私は何度か尋ねていたが、さあね、とはぐらかされるだけであった。

 また、ムームーは殉教願望があった。それは破滅願望ではないか?と私はしばしば尋ねたが、破滅なら破滅でいい、と言うのであった。わけのわからねえ不健康なやつめ。しかし、それこそムームーにとっては健康である。ほんとうに不健康なのはお前だよ。殉教目指して真実の散歩をする。ムームーは祈りの散歩者。死の承認はまだ得られない、祈りの散歩者なのである。寄ってたかってすいと甘いを切り離されて、裏面では下唇を噛んで泣いている。ムーよ、悔しいか。信じる神は、恋である。

 ここまでくれば分かるだろうが、ムームーには生活が無い、暮らしが無い、おいしい思いをしたことがない、討死するほどの気力も無い、しかし恋する気持ちはある、が、対象が不在である。ムームーは恋のうれしさを知っている。恋はうれしいものだ。飛び跳ねちゃう、笑っちゃう、ヘンなクスリで飛ぶよりも、恋する対象の横顔が夕陽に照らされるまで、その場から動かないときのほうが、極楽。天国のその1である。恋は最強だぜ、とってもかわいい気持ちって、良いぜ。と言う。わけのわからねえ頓服薬はまだかわいいピルケースの中で眠ってる、きっとかわいい柄の虹色の。「カップケーキを浮かせたくなったら飲んでください」、そうだろう。かわいいね。
 いろいろあるが、最後のムームーは岩になりたい。ムームーは、岩になりたいのだ。苔に染まった、誰もそのうえに腰掛けたことのない最強と言って差し支えのない岩に。休息のためでなく、岩としての岩になりたがっていた。長旅に疲れたことりたちでさえムームー岩の上で休むことはできず、ダンゴムシがムームー岩の下で休むことは直接死につながる。
 しかし、ムームーは恋する気持ちのある岩だ。恋する気持ちのある岩は川に流され(それは三途の川かミシシッピ川に決まっている)、おそらく天国のその2に行くだろう。ムームーは働かない。優しくてかわいいバカの不動である。何かを動かす力は無い。何事にも動じない力がある。不動のばかぢからだ。

 私はムームーを働かせたくないのだよ。殉教もごめんだ。きみの神様は眠っているときにきみの頭の上を平気でまたいで天国に帰ってくようなロクデナシ。ならば私がその神様を地獄に送って行ってやろう。最高のドライブをしよう。
 自動車免許は右半身だけが持っていて、私の左半身は無免許だ。だからすべてを右半身でやる。免許合宿ワオで免許を取ったのだが、半身だけだと合宿料金も半額になるんだよ。だいたいの人は上半身か下半身のどちらかで免許をとっていたが、私はお前らと同じではない。右半身だ。左半身では酒を飲んでいた。お腹をブンッと振って、内臓を左側に寄せた。足裏には全身の器官につながるツボが集まっているから、左足の裏のツボを執拗に刺激した。血行が良くなり、むくみが改善された。キツい靴下を履いても、あとがつかない。酒を飲んでも、むくまない。右半身はハンドルの奴隷だ。せいぜい頑張ればよろしい。

 話は変わるが、私は幼い頃から天使か悪魔になりたかった。だから、と言い訳みたいになってしまうが、天使も悪魔も生活はしない。働きもしない。私たちは遊ぶんだよ、私たちっていうのは、ムームーと私のことだ。私たちは天使と悪魔で、神様なことはよく知らなくて、神様にさえ知らないことがあったっていいんだ。
 遊んで遊んで遊んで遊んで、たまに銃の試し撃ちをして気に喰わない奴を狙おう。眉間だ。撃ったらスッキリしよう。自首はしない。続きがあるんだ。

 路駐していた車に乗り込む。かっこいいやつじゃなくて、窓開けたいときは大声で「窓を開けさせてくれ!!」と叫ばないと開けることができないほど古い型の軽自動車。そんなこと、いまどきあるか?空には飛行型自動車が飛んでるっていうのに。
 そうそう、この車は土足禁止だ。泥のついた靴で乗ったらお前の眉間にも穴が開くよ。ゼロ距離で射殺だ。おまえのその、かかとに紙幣が隠れてる靴を脱げ。そんなところに隠すほど、この町の治安は悪くないだろう。靴を脱いだな?そう、それでいい。
 ムームーの靴下はやっぱりミッキーマウスだ。ミニーマウスと抱き合っている。かわいいね。その靴下で思い切りアクセルを踏んでくれないか。行き先は任せるよ。雑木林だけはやめてくれ。

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