もういいよ

 バカに破かれた地図が海岸線を崩してる。あいつら笑顔で破いたけれど、こっちはそれどころじゃあねえよ。そんなまぐれのツーペアでは勝てっこねえだろ。
 セロテープの慈悲もなし、すぐに剥がれてしまう。串に刺さった砂肝か?そんくらいつよく、つよく結びつけたけりゃカラビナだろって、英単語帳みたいになった地図の、「apple」の裏にあるあなたのおうちの地図。いまはどうだろ、灯りはまだついてるのかな。誰もいないたこ焼き屋みたいなさみしい灯り。

 ぼくの青春は英単語帳の予言みたいになって、太陽に透かせば元気なようにも見えるきみの暮らし。でもノートには「sad」を何度も書き写してる。悲しさみはいつだって実り、豊作だよ。青春だってなんだって、そんなの関係なしにマスクをつける。

 誰ともしゃべりたくなかった。しゃべりたいのは、英単語帳のsadだとかmadだとかblueだとか、少しだけ色づいた言葉。見えないのなら見なくてもいいよ。悲しみの色なんて、きっと誰も知らないほうがいい。
 それでも、ぼくは歩き続けなければいけない。歩いて、歩いて、きみのところまで行かなけらばならない。そして、きみの単語帳に載っている悲しみだとか、涙だとか、やるせなさだとか、そんな単語を赤いシートで隠して、「これはどんな意味でしょう~?」って聞いて、間違えていたとしてもきみが笑える解答を用意しなきゃ。

 ぼくはいつだってきみの気持ちが晴れやかだと良いなと思っている。着慣れたシャツに腕を通して、ボタンをいちばん上まで閉めて、それでおかしな蝶ネクタイをつけよう。きみがいつも笑ってくれた柄の。とっても変な蝶ネクタイでファイヤーダンスでもしたいところだよ。きっときみはおにぎりを喉につまらせたときくらい息ができなくなるほど笑うだろう。そんなところが見たいと思ったんだよ。

 火は水で消えるけれど、水から火は起こせない。猫はニャアって鳴くけれど、きみは知らない場所で泣いている。季節外れの入道雲が空に浮かんで、まるで僕たちをこの街から仲間外れにしているみたい。だって、僕たちは真冬の中で、誰も入ることができない冬の額縁の中にいるから。僕たちはきっと、絵の中で踊るんだ。誕生日なんか忘れちゃったとしても、きみがいちばん好きなショートケーキを食べよう。きみがいちばん好きなブランデーにオレンジジュースを入れよう。きみがいちばん好きな日にしよう。
ひと通りの永遠が過ぎて、ぼくはマスクをつけて巣に帰る。それ以外とは話す意味が無いんだよ。

 生活という糸がぐるぐると巻かれ、ぼくはこの部屋でがんじがらめ。きみがいなけりゃ、ぼくはこのまま蜘蛛になってバッタとかチョウチョとか平気で食うよ。きみがいるからぼくは人の形を保ててる、それは、きみと同じ形だとぼくがうれしいから。

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