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勉強会vol.4 『社会の変え方』|泉房穂著

第4回の勉強会は、元明石市の市長、泉房穂さんの著書『社会の変え方』を課題図書としました。全国初の施策を次々と展開し、同市を10年連続人口増加へと導いた手腕は大きな話題となり、今も自らのXやユーチューブの発信、さらには芸能事務所への所属など精力的に活動中です。


この本は、前半で本人の生い立ちや政治への志「冷たい社会への復讐」がどのように形成されたのか、感動的な人生ドラマが描かれます。後半で、明石市の施策の内容や狙いが細かく記されています。

人口減少は女性の社会進出、価値観の多様化など、複合的な要因が絡み合っており、その解決には半ば諦めムードさえ感じる昨今。本書を読むと、本気で住み良いまちに取り組めば、子を生み育てたいという人も増えることが分かります。

今回のプレゼンターは市職員の大賀さん。行政職員が解説するには「なんとも」な内容もあったかと推察するのですが笑、だからこそ気づきも多かった回となりました。大賀さんの資料をもとに読み解きたいと思います。


本書のメインメッセージとは?

「社会の変え方」という壮大なタイトルの本書ですが、さまざまな読み方があるかと思います。例えばレポーターの私の場合は、具体的に施策をどう進めたのかが最も強い関心でした。

今回は、大賀さんは「政治の役割は何か?・政治は何をすべきか?」と切り口を定め、以下の4つのポイントで議論を喚起しました。

論点①「弱者」も暮らしやすく
論点②「財政難」は言い訳に過ぎない
論点③「施策」は市民のために
論点④「あきらめない」ことの大切さ

論点①「弱者」も暮らしやすく

例えば、選挙は多数決です。民主主義の根幹は多数決で成り立っていますが、少数派の意見はどうなるのでしょうか。

今の世の中は「9割くらいの人がハッピーなら、1割ぐらい仕方ない」という多数決の価値観が主流になりがちですが、私にはそうは思えません。

p.229

だからこそ、今の社会制度の中で「できる」とされる側の多数に、少数を従わせることを強いるような対応ではなく、少数の「できない」にも寄り添い、応援することこそが政治行政の役割。

それが明石市のやさしいまちづくりの理念であり、「SDGs」でも示されているグローバルスタンダードな姿勢、普遍的な理念です。

p.217

この引用をもとに「市役所の仕事に照らしてみると」として大賀さんは以下の事例を提示しました。

・8割以上が車を運転する「クルマ社会」なのだから、公共交通に資金を投じる必要はない?
・生活保護予算を減らし、館山から生活保護受給者を一掃すべき?
・ドラッグ中毒者更生施設は害悪なので追い出すべき?
・館山の文化施設は利用者も少なく費用だけかかって仕方ないので整理すべき?

大賀さんは、「ある日突然、自分自身が「少数派」になる可能性が常にある」という前提で、この引用に共感したといいます。

確かに、いつどこで事故にあって障害をもつかも分からない。そう考えると、多数派・少数派の割合だけで行政サービスが成立していいのか。

本来、行政・政治は「残り1割・2割」の方々に暮らしやすい環境を提供する
ための存在なのではないか?と提起しました。

論点②「財政難」は言い訳に過ぎない

行政が何かを推進するには予算はつきものです。さらに今や少子高齢化で都市部に人口が集中し、多くの地方自治体が財政的には不利な状況です。

「とはいえ予算が・・・・・」「人手が足りない」「結局、何かを犠牲にしないと、できるわけがない」。そのどれもが凝り固まった「思い込み」です。(中略)本当はすでにあるのに、使い方が間違っているだけなのです。

p.152

職員からの積み上げだけでは限界がありました。これまでも続けてきた「どちらかといえば、やったほうがいい仕事」をかたくなに守りがちで、今ニーズが高い「やるべき仕事」であっても、新規事業というだけで枠外にされてしまうのです。

p.159

この引用に関わらず、泉さんは一貫して財政難は存在しないと訴えます。その論旨は「予算はあるが、有効に活用していない」点に尽きると思います。

大賀さんが、行政職員の仕事に照らしたときの議題は以下でした。

・交付税措置があるから、前例踏襲で構わない?
・新規事業は議会でやり玉にあがるから、大人しくしていた方がよい?

これぞ、行政の難しさだと思います。新たな挑戦をすれば、叩かれる可能性も大きい。その時の責任は誰が取るのか?ならば、問題なかった前年度の事業を続ければよい・・・。おそらく誰しも安全に生きようと思えばそうなると思います。

一方で、大賀さんによると、「職員は守りの姿勢に入り、何も考えず、何もしなくなる(負のスパイラル)のではないか」と危惧します。

論点③「施策」は市民のために

施策は誰のためにあるのか。当たり前ですが、住民福祉の増進のためにあります。でも本当にそうなっているのか?何がハードルなのでしょうか?

(高齢者予算を子ども予算に振り向けざるを得ないと考え望んだ市民との意見交換等を通じ)実感させられたのは、そもそも高齢者も大変しんどいという現実です。(中略)既得権にとらわれず、抜本的な予算のシフトを断行し、他の分野から新たな予算を得るべきでは、と気づかされたのです。

(p.156)

お役所文化にも追従する必要はありません。見るべきは市民です。だから既存の概念を変える決断でも、市民のために迷いなくできるのです。

(p.165)

大賀さんは職員としての経験を踏まえて、以下の共感した事例も引用しました。

・予算を削られた公共事業関係者からの激しい抵抗
・市民の声:「子どもは親がいるのだから手厚い補助はやめてほしい。」「年老いて少ない年金暮らしでも、すばらしいこの明石市で安心して住めるよう、バスの移動手段の充実と料金を安価にしていただくようお願いします。」(明石市HP:市に寄せられた意見への回答)
 →「抜本的な事業の見直し」により不満を感じる市民も?

他にもさまざまな市民の声があると思いますし、また役所内だけでなく市民の中にもある、ある種の「しがらみ」も存在すると思われます。その上で、大半の地方自治体はこれらの「声」に負けて前に進められていないのかもしれません。

政治家が腹をくくれば、市民のための施策が実現するのか?公平性が一定程度求められる行政で施策に変化を生じさせるのは容易なことではありませんが、首長は「予算執行権」や「人事権」という大きな権力を有します。本来、(成功するかは別として)やれないことはないのです。

この()が最も大きな壁と感じます。100%成功する事業はない。政治家の不断の努力と信念により行動が起こり、ジャッジをするのは市民です。

論点④「あきらめない」ことの大切さ

本当はできるのに、できないと言われ続けてきました。それでも私はあきらめることなく「本気になればどこのまちでも、国でもできる」と訴え続けました。それがようやく証明され始めました。

p.321

私は、私をあきらめない。政治をあきらめない。

p.335

大賀さんは、規則や同調圧力の大きい日本で「あきらめない」ことの難しさを以下のように話しました。

・法律があるから無理(法律を変える運動をする発想はないのか?)
・南房総市はやっていないからやらなくていい(隣町ではあるけど、ニーズは異なるかも)
・100%完璧にしないと世に出せない(もう少しアジャイル思考でもよいのでは?)

「官も民も学も、ダイナミズムを失っていないか?」という一言。物事をバイアス無くフラットに考え、無理だと思っても声を上げる勇気が必要ではないか?政治が変われば、暮らしも変わるのではないかと提起しました。

レポーターまとめ

明石市が人口増加を実現したことは、近隣市との関係や地理的な特性を踏まえて、子育て世帯のニーズに真摯に寄り添った施策を展開したことにあると思います。

一方、「子育て支援」は、今やどこの地方自治体も急務ですし、何かしらの対策を行っています。その他にも課題が山積している中で、子育てだけに支援を強化できていないのが現実だといえます。

当日のディスカッションでは、「子育て」「教育」「観光」「福祉」など施策に大きな柱があったとして、どれも実際にはつながっていることという意見がありました。

館山市ならば、館山ならではの特性を研究した上で、「どこに勝ち筋があるのか」を見出し、そこに力点を置くことで、循環して影響を及ぼしていくのではないかということです。

一般の市民には遠く複雑なことかもしれませんが、データの分析なくして賭けにでるのはあまりにも無謀です。今や行政もEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。 証拠に基づく政策立案)が重要視されています。これをやるしかありません。

来月は、河合雅司氏の『未來の年表』です!お楽しみに。

レポーター:ひがし

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