熱音響現象の話


熱音響現象とは

熱音響現象とは音と熱の相互作用です。その現象にはエネルギー変換とエネルギー輸送の2つの形態があります。

エネルギー変換では、熱から音波あるいはその逆に音波から熱へエネルギーが変換されます。ここでいう音波とは、純然たる音波ではなく、発生する振動流れに付随して生じる音の意味です。


熱音響効果

1本の長い管の軸に沿って大きな温度勾配があると管内気体は振動します。これが熱音響効果です。詳細な仕組みは後述します。この現象のポイントは、管内気体の振動に伴って大きな熱の輸送があることです。



熱と音の関係

音は空気中の気体分子の振動で伝わります。振動が周りの空気を押し出し(圧縮し)、この圧縮された空気がまた隣の空気をさらに押し出すことで、波となって伝わります。この現象を「音」といい圧力の変化の波のことを「音波」といいます。

一方、温度も気体の運動が関係しています。厳密に表現すると「原子・分子の乱雑な運動エネルギーの平均値が温度」で、温度が高いほど原子・分子の動きは激しく、温度が低いほど穏やかです。

よく聞く絶対零度とは、分子の乱雑な運動が停止した状態のことです。

以上のように、音も熱も元を辿れば気体分子の運動が原因であり、圧力と密度が変化すれば温度も当然変化します。つまり音の伝播には必ず温度の変化はつきものです。



熱音響現象の身近な例

誰でも知っている例は雷鳴です。稲妻による放電発熱により空気が急に膨張して音が発生します。同様にスパーク放電や、強力なレーザの照射に伴う発熱でも音が発生します。

固体でも、温度が変化すれば表面にできる温度境界層の厚みが変化し音が放射されます。



熱音響現象の仕組み

一方が閉じもう一方が開放された管を考えます。そして閉口端側の適当な場所に金属たわし、細管あるいは薄い平板(それをスタックと呼ぶ)を置きます。

そして、その閉口端側を熱し、開口端側を冷やして温度差をおよそ数百度にすると、非常に大きな音(実測値120dB程度)が発生します。

120dB:ジェットエンジン
100dB:ドリル工事
 80dB:電車
 60dB:通常の会話
 40dB:図書館
 20dB:ヒソヒソ声、寝息
   0dB:人が聞き取れる限界(20μPa)


また発生する音波の周波数(共鳴周波数)は管の長さと管内の流体中の音速で決まります。逆にその共鳴周波数の音波を開口端から加えると、スタックの両端に温度差を得ることが可能です。

当然スタックの形状,サイズ及びそれを設置する位置に最適値があることはいうまでもありません。




熱音響現象の応用

工学的には、宇宙用の機器を冷却するための熱音響冷凍機、小型機器の冷凍・冷却用パルス管冷凍機、更にスターリング冷凍機などが商品化されています。

他にも、製鉄所で製造された直後の鋼板の冷却として、従来は2次元ジェットによってのみなされていましたが、それに熱音響機器より発生する音波(振動流れ)を加えると、少ないエネルギーで且つ冷却性能が格段に向上したという報告があります。

また熱音響現象を利用した「ガスオルガン」による自動演奏もあるようです。





熱音響理論の解釈1

・熱音響現象は、熱と音と流れが複雑に絡んだ非線形現象で、流体力学の知識なしで説明することは困難です。「熱流やエネルギー流」などの熱の流れを用いて現象を記述します。

・熱音響現象は物理学の盲点のような現象で、「音」 を単なる流体運動と捉えていると理解できません。固体壁と振動流体との熱交換を考慮する必要があるという点において、自由空間中の「音」の挙動とは異なります。





熱音響理論の解釈2

既に述べたように、熱音響現象は温度勾配差がある非一様温度の非平衡系なので、 熱音響自励振動という「散逸構造」も現れます。

「散逸構造」とは熱力学的に非平衡な、エネルギーが散逸していく流れの中に自己組織化のもとがある構造です。岩石のようにそれ自体で安定した自らの構造を保っているような構造とは異なり、例えば潮という運動エネルギーが流れ込むことによって生じる内海の渦潮のように、一定の入力のあるときにだけその構造が維持され続ける構造です。


話を戻すと、管壁の温度が一様な管では流体の粘性や熱伝導のために、 管内音波が減衰し、特に音の周波数が低く管が細いと著しく減衰します。一方、熱音響現象のように管壁の温度が一様ではない場合には管内音波が減衰するとは限りません。(=自励振動)




熱音響現象の解釈3

前項及びこれまでにも再三述べたように、熱音響現象では振動が大きく関与しています。つまり周波数解析、フーリエ変換も関与してきます。

熱音響現象は平衡状態でも定常状態でもありません。温度勾配が有限のため平衡状態でないことは明白です。また、圧力や流速が時刻に依存するため定常状態でもありません。

時刻に依存する量は振動しますが、その振幅や振動数などは時刻に依らないような状態を周期的定常状態と呼ぶことにしまず。 するとまともな解析に耐える熱音響現象は周期的定常状態だけとなります。つまり、熱音響理論の対象は周期的定常状態に限られています。

流体力学の基本方程式は時刻依存性をも記述する偏微分方程式ですが、 熱音響理論ではこの基本方程式のフーリエ変換を扱います。つまり時間領域での議論を避けて周波数領域で議論するということです。

周期的定常状態を対象として時刻に依存しない量に着目することは時間領域での疎視化であり、時間分解能は高々1周期となります。

熱音響理論では移動量と生成量が時刻に依らないように振動量と結びつけられているため、 熱音響理論に現れる移動量と生成量は時刻に依存しません。




熱音響理論の理解

1〜3のまとめ、総合的な解釈です。

熱音響現象の理解は「微視的階層」と「粗視的階層」の二つの階層から成ります。 「微視的階層」は流体物理学的理解で、狭い流路中での流体の振動運動を議論します。「粗視的階層」は熱力学的理解で、流体の振動運動に伴う輸送現象を議論します。

二つの階層を繋ぐために、 流体の振動運動に伴う輸送現象では、角周波数、振幅、位相差などが定常な周期的定常状態として扱われます。周期的定常状態は充分長周期にわたり時間平均することで定常状態とみなすことができます。この階層構造は物性物理学の階層構造と似ています。

物性物理学では観測される物理量は全て巨視的です。 観測された巨視的物理量を量子統計力学という微視的理論で理解しようとするのが物性理論です。

熱音響理論も、この物性理論のように微視的階層と粗視的階層の二つの階層から成ります。

二つの階層をつなぐために、 粗視的階層の概念である仕事流密度、エントロピー流密度、熱から仕事へのエネルギー変換密度などを微視的階層の概念である流体の振動運動と結びつけます。




参考文献

富永昭、矢崎太一、楢原良正、熱音響効果と音響熱効果低温工学 16 (3)、131-136、1981


杉本信正、熱音響現象-熱と音と流れの相互作用-、機械の研究 第60巻 第4号(2008)


富永昭、熱音響現象の理解とその応用、日本物理学会誌、Vol.55、Ny.5、2000

富永昭、熱音響現象:私の理解、改定第4版

https://acoustics.jp/qanda/answer/116.html、日本音響学会

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/散逸構造


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