silver story #44 「バリ、そして」
私にとって一生のうちで、もう二度と体験することはないであろう激しい1日の次の日は、嘘のように普通の朝だった。
かなりの高揚と疲れとアルコールでいつの間にかベッドに運ばれ朝を迎えている。
本当にあった出来事なのかと疑いたくなるほど穏やかで柔らかい朝だった。
日本では、何を差し置いてもカメラを離さずデーターチェックを常にしていたが、バリに来てからは、私自身が驚くほど二の次、三の次になっている。テーブルの上に無造作に置いていたカメラを取りに行こうとして足を下ろすと、ズキッとした。
「イタタタ。昨日まで痛みが無かったのに。なんで、なんでぇ!」
昨夜は、あんなにたくさん歩けたのに、何時間も平気でいれたのになんでだろう。これもバリの神様の仕業なのかしら。まるでシンデレラが舞踏会の終わるまでの美しい姿だったようなものだ。祀りに参加できるようにバリの神様が昨日だけ元に戻してくれたのだろうか?
足をかばいながら片方の足でなんとか移動してカメラを手にし、その場に座り込み、中のデーターを見てみた。
お母様と見たあの美しい山々、段々畑のうねり、青い空、雄大なバリの景色が蘇ってきた。昨日の事だがまるで何年も前のように感じたのは何故だろう。
私がこの地にすっかり馴染んでしまったのだろうか?
そんな事を思いながら昔の思い出のような場面を送っていくとあるところから真っ暗になっていた。
それまでは、あの儀式の様や男たちの血走った目や躍動する炎と集団があたかも目の前にいるような素晴らしい写真が見えていたが、あるところからただの闇が続いていた。
送っても送っても真っ黒でやはり、あの私が見たオレンジの塊や目玉は写っていないのだなと諦めた。
「サヤ。サヤ。スラマッパギ。」
「あ、サリナちゃん。スラマッパギ。おはようございます。」
サリナちゃんが戻って来たんだ。
私は片足ケンケンで家具や壁を伝いながらカメラを持って彼女の所へ行った。
昨日の大役を経た彼女の今を写真に収めようと、何かが見えるかもしれないと直感で感じたから顔を見た瞬間を狙って撮ろうと思った。
ケンケンしながらリビングに向かうとサリナちゃんは、テラスの長いブランコにいたので、気づかれないように静かにカメラを構えてファインダー越しに彼女を見た。
「ああ!」
一瞬だが彼女の周りに太陽の光とは違うオレンジの光がまとわりついているのが見えたのと同時にシャッターは、押したがそれが写っているかどうかわからなかった。すぐに確認しようとソファーに座る体勢にした時サリナちゃんは、気づいて私の近くまでいつものように飛び跳ねながらやって来ていた。
いつもの癖で連写していたので一枚くらいは写っていてくれと願いながら写真のデーターを写し出してみた。
はっきりと陰影を創り出すバリの朝日の中で、女の子から少女へと少しだけ変わったサリナちゃんの笑顔があった。コマ送りのようにブランコの軌道の通りの角度でサリナちゃんの体が移動していたが、最後の一枚で私のあの出来事が真実になってくれた。
それは画面の上の隅にあった。
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