Silver story #50

車までゆっくり歩くと、この家の守り神様たちの祠が見えたので止まって手を合わせてお礼を言った。

ユキさんは、ますます笑顔になり私の補助をしてくれた。

「サヤ、ドア アケマス。ヒトリ
ダイジョブデスカ?」

「はい。大丈夫です。」

首からかけたカメラの重みで振り子のようにカメラが動くのを抑えてドアにつかまるとゆっくりと車の中にカラダを滑らせた。
車のシートに深く座ると、背中に感じるシートの硬さから、日本の日々の生活が蘇り懐かしささえ感じられた。

目をつぶり深く座ると、もうバリを離れる飛行機の中を思い出してきて複雑な気持ちになってきた。
まだまだここに、バリにいたいという気持ちと、早くこの人達のことを光一さんに話さないとという気持ちが、交互に出てきてグチャグチャになっていた。

でも、もう車が出て大使館に行くと半分は、日本に入ったようなものだから決心しなければいけない。

まあ、行ったら行ったで一気にホームシックになるかもしれないから考えるのをやめよう。それよりも今、ユキさんと車で二人きりなのだからやることがあるのだ。

さっきは聞かなくてもいいかなと思ったがやはり確かめてみよう。

「ユキさん。」

「ハイ。」

「ユキさんは、光一さん、あなたのお父さんの事を聞いて大丈夫ですか?
私の話、わかりますか?」

私は、さっきユキさんがゆっくり寄り添ってくれた様に、ゆっくりと言葉を並べてユキさんの心に、寄り添いたいと思いながら話した。

「サヤ。ハジメ ビックリシマシタ。デモ、ヨカッタ。ズットシリタカッタ パパノコト。パパイキテイル。ママモ ワタシモ ウレシイ。」

「ありがとう。テリマカシー。
私、来てよかったですか?」

「サヤ、モチロン。アナタ カミサマノツカイデス。」

ユキさんは振り向いて私の腕を撫でながら何度も頷いてくれた。

「ああ。その言葉を聞いて安心しました。ずっと気になっていたから。」
私は、私の役目の大きな1つをやり遂げたんだと安堵した。シートに深く沈んでその思いをかみしめているとようやく、家からお母様がやってきて二人の様子を見てやっぱり優しい笑顔で車に乗り込んできた。
ユキさんの隣に座ると私の方を振り向いて少しずつ心配そうに口を開いた。

「さあ。行きましょう。沙耶、あなた、大丈夫ですか?大使館の人に話できますか?」

「はい。大丈夫です。お母様、向こうで、日本に連絡しますが、光一とは話しますか?」

お母様は、しばらく考えていた。

ユキさんの方に向かって、バリの言葉で話し出した。ユキさんと少し話をして、もう一度こちらを向いて口を開いた。

「沙耶、ユキは、日本に行きたい、そして、光一に会いたい。会って話したいらしいです。サリナも連れて行きたいらしいです。でも、私は怖いです。
会うのが怖いです。光一ではなくあの人と一緒にいることが、光一に悪いと思います。だから、今は、彼とは会えません。」

「お母様、そんなことはないと思いますよ。でも、お母様がそう思うなら。でも、いつか日本に来て光一さんに会ってくださいね。」

「はい。わかりました。」

「大使館で、光一さんに連絡しますが、どうしますか?」

「それは、………。」
お母様は、それ以上言葉が出て来なかった。

「サヤ、ダイジョウブ。ワタシガハナシマス。」

ユキさんが、ルームミラー越しに私を見て笑顔で言ってくれた。
それを聞いたお母様は、目をつむり安堵したようにうつむいていた。

いつか、会って欲しい。
光一さんのためにも。
お母様のためにも。

そう願いながら、お母様の横顔を見つめた。

車の中から外を見ると、神様の息のかかった緑の景色から、人工物の硬くてゴツゴツとした建物がぽつりぽつりと増えていき、私を賑やかな現実に戻してく道しるべのようだった。

#小説 #バリ島の話 #カメラマン


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