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カルティエ、時の結晶展を見てきた 2019年12月

カルティエは持ってませんが、生物としてキラキラ光るものには惹かれるよね…と思って国立新美術館に行ってきた。

前に行ったボルタンスキー展とか、クリムト展とか余裕で空いていたので、あんなに並んだのは初めて…日曜午後というのもあったけど油断してた。とはいえ10分位で入れた。

一番初めの展示が今回の会場構成を手がけた新素材研究所の杉本博司氏の作品で、1908年のものをを修復した大きな時計の展示だったんだけど、まさに、機械、でした。歯車がいくつもあって、カチコチ音がして、時を刻む感すごい。床に当たるシルエットも美しくて、すでにここで満足した。でも、ちょっとふらつくくらい照明を落としてて、酔いそうになった…

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人が多くて、なかなか落ち着いてみるという雰囲気ではなかったものの、キラキラ光るものは謎のパワーがあるよね…カルティエの一点もの…
宝石のサイズも冗談みたいなサイズで、何これ舞台衣装?の域だし。ダイヤだらけだと、全体的に白っぽく発光してるみたいで、もう怖い。
もちろんサイズと量だけではなくて、そこには綿密なデザインや、繊細な作りもある。
わたしが特に気に入ったのは「レースリボン」ブローチ。1906年のもので、プラチナ、イエローゴールド、ダイヤモンドのシンプルな構成なんだけと、まあ繊細。プラチナでレースを感じさせるって…プラチナ、硬いよ、一般的に…

で、例によって後半の展示は撮影okだったんですが、iphone6sのカメラの限界をひしひしと感じました…上の写真も今ひとつだけど、全然ダメ…

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なんにも輝いてない…現物は!それはもう!輝いていて!!見た目通りに記録に残すって難しいんだな。
というか、レンズの性能のようで、iphone買い換えよかなと思った次第。でも記憶に焼き付けるから!
宝石は鉱物なわけで、サイズが大きいということはそれだけ希少、というか、そのサイズになるまでの時間を感じる。時間てなんなの?とか考えだすと、いつも抽象というか、迷路に入り込むような感じがするんだけど、鉱物でみると、なんか、具体な感じがするね。
何というか、宝石に価値を感じるって、かなり原始的なんよな。それでも、現代ではパッケージされて、何だったら洗練されてる雰囲気で、提示されてる。
でも多分、カラスがキラキラ光るものに惹かれるのと、人間とあんまり変わりない気がする。
美しいものはいい。おんなじくらい醜いものもいい。どっちも美味しくいただきたい。


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