【小説】武勇伝、話の終わり(閣下の章37)
久しぶりに会議に出かけた際、夏に手引の改訂案を全て蹴った、同じ班の人間が、わざわざ妙に震えた声で「こんにちは」と声をかけてきた。アリオールは、どすの利いた低い声で「こんにちは」と返した。どんなつもりで挨拶されたか、気持ちが分からなかったからだ。それきり相手は何も言わなかったが、大物悪役になりきったようで気分が良かった。
その会議では、配布文書の内容を変えないように指示がされているが、日付を変更して良いかとか、新しく導入されるプリンターの初期設定をモノクロにしてもらいたいとか、アリオールにとっては幼稚な質問や提案がなされていた。彼に嫌がらせをした首謀格達により。
会議での質問事項を共有しろとの要望も、以前出ていたのでこれらの話も書面で共有されるだろう。
それらをまずまずの成果だと思ったアリオールは、まず後輩たちへの批判めいた話が出た時に、
「自分はやはり、平等でなければいけないと思うのです。ある人なら褒められ、別の人なら貶されるというのはおかしい。例え馬鹿に馬鹿と言われたとして、言われたこと自体は嫌なものです」
などと言ってみた。
また、周囲が働いている中、休暇制度をフルに使えて良いと誇示したり、あの家系は何かあるとか、尊敬する人がかつてどうしようもない障害者を農場で働くくらいには更生させたとか、そんな話をしたりする人がいるので、
「総ては全体の為にあるべき、全体の利益の為になるべきなのです。無能な人の仕事を代わりにしている状態はおかしい。他の人の負担を増やすような無能はいなくなれば良いのです」
と一人、過激派のように吠えたりもした。
何を憚ることもない、かつて聞いた、正しいことを言っているにすぎない。皆もそれが良いと思っているはずのことだ。
だからこそしまいには、他の人の報告書の誤りを「こんなことは許されない、信用を落とす」ときりきり咎めた人に、
「貴方は常に正しいことを書けるのですか?」
と、訊ねることもした。
価値基準が知らないところで動き、見えない。掴むのは至難の業だとアリオールは思ったのだ。
……加えて。実はその人が不正会計をしていたのではないかと疑ってもいた。数年前、不自然に一部の書類がないのを確認したから。変わった仕事の仕方をする人だと思った程度だったし、何も証拠はないので口にしなかったが。
そんなこんなを思い出しつつ、ぽろぽろと話して、時間は過ぎ。
半分眠りかけで起きていた彼女も、さすがに、すやすやと寝入ってしまった。
構わない。こんなつまらない武勇伝、その程度のことだ。
最後に特攻をかけて、装甲が剥がれた影響でコクピットが開かなくなり、脱出不能と焦ったが、動作系は生きていたので何とかなった、なんて話も。もっと盛り上がっていたら、する予定だった。
ふくふくとした頬。色々と知っているようで、何も知らない女の子。
資本主義、自由主義に対抗するための楽園に平等はなく、一部の者が好き放題できるだけの仕組みだった。それが社会主義。
「何でもできるよ」
昔、よく似た知り合いがそんなことを言って集中攻撃を食らっていた。
人類には限界がある。個人としても種としても。それを教えてやりたかったのかもしれないが、我々の上には目指すべき空がある。
自分の言葉で話せなくなっても。
「おやすみ」
我々の未来のために。
彼女の大きな頭をそうっと撫ぜて、電気を消し、アリオールは自分も眠ろうと部屋を立った。微かな温もりが手に残った。
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